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「え? 公爵領に戻るようにですか?」
伯爵家の日当たりのいいサロンで午後のティータイムを満喫していたリーゼロッテは、隣に座るエマニュエルに聞き返した。
「はい、王城からフーゲンベル家に視察が入るとのことで、リーゼロッテ様も同席されるようにとのお達しですわ」
エマニュエルの言葉に、リーゼロッテは飲みかけの紅茶のカップを手にしたまま首をかしげた。
「公爵家の視察に、わたくしがいていいのでしょうか?」
「今回は視察とは名ばかりの異形の者の調査ですからね。むしろリーゼロッテ様がいないことには始まらないのでしょう」
「……異形の者の調査?」
エマニュエルの視線が横にずれて、リーゼロッテもつられてそちらの方を見やる。そこにはサロンの壁際で直立不動の姿勢でたたずむカークの姿があった。
カークは公爵家の敷地内で、何百年も立ち尽くしていた異形の者だ。縁あって、今はリーゼロッテの護衛のような役目を果たしている。
リーゼロッテの帰郷にあたって、カークは公爵家の屋敷からダーミッシュ領までついて来ていた。伯爵家の屋敷に戻ってきたら、自室の扉の横にカークが立っていて、リーゼロッテはそれはもう驚いたのだ。
挙動不審なリーゼロッテを見たエラに、いたく心配されてしまった。ダーミッシュ家には異形を視る力を持つ者はいないので、カークに驚かれないで済んだのは不幸中の幸いだ。
(それにしても、カークはここまでどうやって来たのかしら……)
自分たちは馬車で移動したのだが、その時カークの姿はなかった。カークはいつも歩いて移動しているので、馬車を追いかけて走ってきたのだろうか?
カークが必死に馬車を追いかけているシーンを想像しつつ、リーゼロッテはエマニュエルへと視線を戻した。
「もしかして、わたくしがカークを動かしたから……?」
「恐らくは。ですが……それだけではないとは思いますけれど……」
歯切れの悪いエマニュエルの言葉に、執務室で頻繁におこる異形の騒ぎも含まれるのだとリーゼロッテは悟った。公爵家家令のエッカルトが言っていた、いわゆる“公爵家の呪い”の件だ。
もしかしたら、ジークヴァルトの守護者であるジークハルトが起こした事に関しても、調査されるのかもしれない。リーゼロッテは無意識に自分の手首をぎゅっと握りしめた。
「リーゼロッテ様……」
気づかわし気なエマニュエルの呼びかけに、リーゼロッテはそっと微笑んだ。
ジークハルトがジークヴァルトの体を乗っ取ってリーゼロッテを襲った件について、あの日以来言及するものは誰もいなかった。公爵家では、そのこと自体なかったことにされている。
強引につかまれた手首のあざはもうきれいに消えている。ジークハルトにも許すと言った手前、これ以上落ち込んでいても仕方がない。
「大丈夫ですわ、エマ様。……でも、そうするとアンネマリーには会いに行けないわ……」
「その件でしたら、公爵領に戻る途中でクラッセン家に立ち寄ればよろしいのでは」
クラッセン侯爵領はダーミッシュ領より王都に近い位置にあって、少し遠回りになるものの公爵領に行く道すがら立ち寄れる場所にあった。
「まあ!それもそうですわね。でもアンネマリーの都合も聞かないといけないわ。わたくしすぐに文をしたためますわ」
明るく笑うリーゼロッテにエマニュエルはほっと息をついた。
(旦那様のためにも……早く婚姻の託宣が降りればいいのに……)
叶うことならリーゼロッテにはずっと公爵家でジークヴァルトのそばにいてほしい。
託宣を受けた者はいつでも龍の気まぐれに翻弄される。自分にはどうすることもできないことは分かっているが、エマニュエルの中でただもどかしさだけが募っていた。
数日後、リーゼロッテは急ぎ公爵領へ戻ることになった。半月足らずのリーゼロッテの帰郷に、ダーミッシュ家の者たちは落胆の色を隠せない。
慌ただしく公爵領へと出発するリーゼロッテの背中を、一同は涙ながらに見送ったのだった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。公爵家に向かう道すがら、アンネマリーに会いにクラッセン侯爵領に立ち寄ったわたし。そこでアンネマリーに頼みごとをされて!? ヨハン様に身に覚えのないことで感謝されて困惑しつつ、公爵家を目指します! そんなとき、アンネマリーに王妃様から褒美が届いて……
次回、2章 第2話「木漏れ日の庭」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!




