8-2
◇
ジークヴァルトに連れられて、リーゼロッテは王城の廊下を進んでいた。
自分の後ろを小走りでついてくるリーゼロッテに気づいたジークヴァルトは、エスコートするように彼女の片手を取り、歩調をゆるめた。
おかげでリーゼロッテは、王城の中を、ゆっくりと観察することができた。きょろきょろと物珍しそうに視線を巡らしている。
時折、すれ違った近衛の騎士たちが、ふたりに道を譲り、礼を示した。
(ジークヴァルト様は公爵閣下でいらっしゃるから、お立場もきっと偉いのね)
ジークヴァルトは、護衛騎士団の中でも、王子付きの近衛隊に所属しその副隊長を務めていた。身分的に隊長を務めてもよかったのだが、王子付きの護衛として自由に動くには、そちらの方が都合がよかったのだ。本人が面倒くさがったのも大きいのだが。
「おい、よそ見をするな。掴まれるぞ」
ぐいと、ジークヴァルトに腰を引き寄せられる。
廊下にあった柱の影に、吹き溜まりのような黒いモヤが見えた。よく見ると、そこから黒い崩れかけた異形の者が、這い出すように手を伸ばし、リーゼロッテの足を掴もうとしていたのだ。
「っんゃ!!!」
昨日見た小鬼よりもずっと大きな異形の者に、リーゼロッテは飛びのいて反射的にジークヴァルトにしがみついた。ジークヴァルトはそれを無表情で受け止めた。
やっとの思いでしばらく進むと、王城の廊下には、似たような異形の者がそこかしこにいて、リーゼロッテはそのたびにジークヴァルトにぎゅうぎゅうとしがみついた。はたから見ると、廊下の先々でふたりがイチャついているようにしか見えない。
手を引きつつ、反対の手をリーゼロッテの腰に添えた状態で、ジークヴァルトはそっけなく言った。
「異形といちいち目を合わすな。つけこまれる」
「そのように言われましても……」
見て見ぬふりなどできようもなく、涙目でリーゼロッテは訴えかけた。
無表情でリーゼロッテを見下ろしていたジークヴァルトは、おもむろにリーゼロッテの前にかがみこんだ。そのまま手を伸ばしてリーゼロッテをひょいと抱え上げる。
子供を抱き上げるように、向かい合わせで持ち上げられたリーゼロッテは、急に高くなった視界に驚いて、ジークヴァルトの首にしがみついた。
「軽いな」
そうとだけ言って、ジークヴァルトが歩き出す。歩幅が広いせいで、長い廊下をずんずん進んでいく。
「あ、あの、ジークヴァルトさまっ、降ろしてくださいませっ王城でこのようなっ」
「問題ない」
ジークヴァルトの肩越しに、異形の者や驚き顔の近衛の騎士たちが通り過ぎては長い廊下を遠ざかっていく。
リーゼロッテに与えられた客間は城の奥の方に位置していたので、長いこと廊下を進むがなかなか目的地に辿りつかない。
リーゼロッテは羞恥で、もう、どうにかなりそうだった。異形と近衛の騎士たちとすれ違うたび、リーゼロッテは驚いたり恥ずかしがったりを繰り返した。
やがて、ドアが開く音がして、リーゼロッテは目的地にたどり着いたことを知り、安堵のため息をついた。ぽすんと椅子に降ろされる。見ると、昨日の応接室だった。
「あの、王子殿下とカイ様はいらっしゃらないのですか?」
ジークヴァルトとふたりきりであることに気づき、リーゼロッテは聞いた。
「ふたりは公務だ」
そう言って、ジークヴァルトは昨日と同じように、リーゼロッテを閉じ込めるように覆いかぶさった。ひとりがけのソファは逃げ場がなく、昨日のあの場面がよみがえる。
いくら婚約者とはいえ、これはまずいのではないのだろうか。リーゼロッテの危惧におかまいなしに、ジークヴァルトは胸のペンダントに手を伸ばした。
「一晩で、随分くすんだな」
石をつまみあげ、ひとりごちる。そのまま、石に口づけようとした。
慌てたリーゼロッテが、その肩を両方の手でぐいと押す。昨日の二の舞になったら、いろんな意味でもたないと思ったのだ。
「あの、ジークヴァルト様っ」
リーゼロッテの呼びかけにジークヴァルトは、その動きを止めて「なんだ?」と返した。
「あの、この守り石とは何なのですか? 子供の頃に頂いたときも青く輝いていましたが、時間と共に青銅色になりましたわ」
何とか気を逸らそうとそんなことを聞いてみる。夕べ一晩考えて、知りたいと思ったことではあるが、ひとりがけのソファに閉じ込められたこの状態を、リーゼロッテは何とか脱したかった。
「守り石とは、力ある者のみがその力を込めることができる特殊な鉱物だ。力が消費されれば元の色に戻る」
そう言いながら、ジークヴァルトはリーゼロッテの胸元の石に顔を寄せてきた。
「あの、ジークヴァルト様っ」
あわてたリーゼロッテが、再びジークヴァルトの肩に手を置いた。
「なんだ?」
「ペンダントは外しますから、直接、近づくのはおやめいただきたいのです」
「なぜだ? 問題ない」
そう言うとジークヴァルトは、あっさり石に唇を寄せた。
(なぜって、問題ありすぎです!!!)
力の限り、ジークヴァルトの肩を押すが、びくともしない。
(あああ、ジークヴァルト様の髪が、く、くすぐったいっ)
噛みついてひっぱったら、やめてくれるだろうか。そんなことを思っていると、ジークヴァルトが顔を上げた。昨日より時間が短かった気がする。
リーゼロッテは、ほっと息をついた。胸元を見ると、石が青くゆらりと輝いていた。
「もしかして……毎日、やるのですか……?」
「もしかしなくても、だ」
無表情で返すジークヴァルトに、リーゼロッテは大幅にHPを奪われたのであった。
『いや~みせつけるねー』
不意に横から言葉が紡がれた。
人の気配が全くなかった分、驚きが大きく、リーゼロッテはびくりと体を震わせた。
恐る恐る首を横に向けると、ジークヴァルトが斜め横の長椅子の上であぐらをかいて座っていた。
しかし、左右のひじ掛けにいまだ両手がつかれ、正面を見ると、自分を囲うようにしている無表情のジークヴァルトと目が合った。
再び横を見る。ジークヴァルトだ。
正面を見た。やはり無表情のジークヴァルトがいる。
再度横を見ると、あぐらをかいたジークヴァルトが笑顔を作った。それはもうにっこりと。あまりのさわやかな笑顔に、リーゼロッテは小さく悲鳴を上げた。
「ジークヴァルト様が、笑った……!」
その一言に、あぐらのジークヴァルトは、さらに相好を崩した。
「ジークヴァルト様、あちらのジークヴァルト様のお顔がおかしくて気味が悪いです!」
リーゼロッテはニコニコ顔のジークヴァルトを指さしながら、正面の不愛想なジークヴァルトに助けを求めるように訴えかけた。
「おかしいのはお前の方だ」
あきれたように、無表情のジークヴァルトが言った。
「あれはオレではない」
そう言いながら体を起こすと、ジークヴァルトはリーゼロッテの手を引いて立ち上がらせた。
「あいつはジークハルト。生きた人間ではない」
リーゼロッテの手を取り、ジークヴァルトが前に突き出すように導いた。突き出された手は、あぐらの男の体を突き抜け、長椅子の背もたれに置いてあったクッションにふれた。
「遠い祖先らしいが、とにかくこいつはオレの守護者だ」
突き抜けた手を、リーゼロッテはさっと引っ込める。
『まあ、そんなわけだから、よろしくね。リーゼロッテ』
ひらひらとリーゼロッテに手を振った守護者は、よくみるとうっすらと透けて見えた。しかも、座っているようにみえた椅子から、少し浮いたところであぐらをかいている。
『あはは、こういう反応、新鮮だなー』
固まって動かないリーゼロッテを青い瞳でのぞき込みながら、ジークハルトはあぐらをかいた姿勢のまま、ぐるんと一回転して見せた。
(う、う〇ろの百太郎、出た――――っ!!)
リーゼロッテは、無意識にまたジークヴァルトにしがみつくのであった。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。ますますオカルトめいてきた展開にもうドン引きです! 殿下に励まされつつ、ヴァルト様の仕打ちにHPはガリガリと削られまくり! 一方、王女殿下を探してアンネマリーは、王城の奥に迷いこんでしまって!?
次回、第9話「殿下の寵愛」 幽霊コワイ、助けて、プリーズ!!




