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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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28-10

     ◇

 ソファに座ったままエマニュエルを見送ったリーゼロッテは、もう一度紅茶に手を伸ばしのどを潤していた。ほうとため息が出る。やはりエラが淹れてくれる紅茶がいちばんだ。


(エデラー夫人のご容体、たいしたことないといいのだけれど……)


 うつむき加減で小さくため息をつくと、ぱたんと扉が閉まる音がした。マテアスが戻ってきたのだろうと気にも留めなかったのだが、一向にマテアスが入ってくる様子はない。


 不思議に思って扉の方に顔を向けると、そこには扉を背にして立った状態で浮いているジークハルトがいた。じっとこちらを見つめている。


「ハルト様? いらしていたのですか?」


 何か違和感を覚える。

 そう思ったリーゼロッテは、ジークハルトの顔にいつもの笑みがないことに気がついた。笑みどころか表情がない。その姿はまるでジークヴァルトのようにも見えた。


(いつもニコニコしているハルト様が……何かあったのかしら?)


 具合でも悪いのかとさらに何か声をかけようとしたとき、それまで無表情で黙って見つめていたジークハルトが、にこっと笑みを作った。


 その瞬間、リーゼロッテは耳の奥に衝撃を受けた。飛行機に乗ったときのような、耳の奥が詰まったような感覚だ。

 思わず両手で耳を抑える。耳だけではなく何か空気に閉塞感のようなものを感じて、リーゼロッテは浅い呼吸を繰り返した。


(なにこれ……なんだか息苦しい……)


 異形たちも落ち着きがないようにそわそわとした様子をしている。リーゼロッテは反射的に執務机に座るジークヴァルトを仰ぎ見た。


「お前っ……何のつもりだ!」


 鋭い声と共に立ち上がったジークヴァルトの視線が、守護者の元に向けられた。


 リーゼロッテもつられて視線を戻すと、ジークハルトが泳ぐように、すい、とこちらに向かってきていた。その指先を伸ばして、今にもリーゼロッテに触れようとする。

 その間にジークヴァルトが体をねじ込むように入り込んだ。


「――……っ!」


 ジークヴァルトの背中越しに、ジークハルトが楽しそうに笑っているのが垣間見えた。次の瞬間、伸ばした手をそのままに、ジークハルトはジークヴァルトの体に重なった。


 ジークヴァルトの輪郭がぶわっとぶれたように見えた後、その体が一度大きく揺らいだ。その一瞬、目の前で突風のような空気の衝撃を感じて、リーゼロッテは咄嗟に両腕で頭をかばった。


 しばし重苦しいほどの沈黙がおりて、リーゼロッテはその目をそっと開いた。

 見上げると目の前に、リーゼロッテを守るように立つジークヴァルトの背中があった。周りを見回すがそこにジークハルトの姿はない。また気まぐれで出ていったのだろうか?


「甘すぎだ」


 だらんと両腕を下ろした状態で、うつむき加減のジークヴァルトがぽつりと言った。


「ヴァルト様……?」


 続いている息苦しさに不安を感じて、リーゼロッテはジークヴァルトに手を伸ばした。


「えっ……?」


 その手を取ろうとして、リーゼロッテは逆に手首を掴み取られた。乱暴に腕を引かれ、リーゼロッテはたたらを踏みながら引き寄せられる。

 ジークヴァルトはもう片方の腕も掴んだかと思うと、無言のままリーゼロッテを荷物を扱うかのように無造作に持ち上げた。


「いった」


 背中が打ち付けられる衝撃に、リーゼロッテは思わず声を上げた。痛みに一瞬、呼吸が止まる。


「っは、ヴァルト様……一体何を……」


 涙目で見上げると、リーゼロッテは執務机の上に乗せられて仰向けの状態にされていた。

 両手首を縫い付けるように押さえられ、天井を見上げたまま身動きが取れない。覆いかぶさるような姿勢で見下ろすジークヴァルトと、リーゼロッテは目を合わせた。


 机の上に積んであった書類の山が、バランスを崩して滑り落ちていく。

 それには目もくれず、ジークヴァルトは深い青の瞳でリーゼロッテを見据えている。無表情の顔はいつも通りだ。いつも通りのはずなのに――


「あなたは……誰?」


 考える前にリーゼロッテはそう口にしていた。違和感に身をよじるが、高い机からぶらりとはみ出した両足が、力なくだた空を蹴っただけだった。


 押さえつけられた手首にぐっと力を入れられ、リーゼロッテのエメラルドのような瞳に恐怖の影が落ちる。ジークヴァルトの瞳が細められ、その口元に笑みが刻まれた。


(こんな笑い方……ヴァルト様じゃない……!)


 違和感が確信に変わっていく。


「……ハルト様……ジークハルト様なの……?」


 震える唇から紡がれた問いに、ジークヴァルトは破顔した。


「はは、やっぱりわかるんだ? さすがは龍が結びし運命の相手だね」


 その声はジークヴァルトのものであって、ジークヴァルトのものではなかった。


「ごめんね、痛かった? 久しぶりの肉体はなかなか力加減が難しくて」


 守護者のいつも通りの調子のよい言葉が、ジークヴァルトの口から紡がれている。それを前に、リーゼロッテは事態を飲み込むことがまるでできない。そんなリーゼロッテを前に楽しそうな声音で言葉は続いた。


「ヴァルトもまだまだ甘いよね。こんなにあっさりと体を乗っ取られるなんてさ」


 リーゼロッテの瞳が戸惑いに揺れる。「なぜ……?」と、かすれた声がその口から小さく洩れた。

 ジークヴァルトの顔をしたそれは、組み敷いたリーゼロッテの緑の瞳を覗き込むようにうっそりと笑った。


「リーゼロッテ。悪いけど、君にはヴァルトの子供、今すぐにでも宿してもらうから」

【次回予告】

 守護者であるジークハルト様に体を乗っ取られてしまったヴァルト様。わたしは抵抗もむなしく押し倒されて……! 怒涛の展開の大ピンチに身も心も絶体絶命!? 何気に無理矢理展開! 苦手な方はご注意ですわ!

 次回、第29話「守護者の本懐」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!

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