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驚いて振り向くと、リーゼロッテの座るソファの後ろにジークヴァルトが立っていた。
ジークヴァルトはリーゼロッテの手首を掴んだまま、背後から反対の手を回してリーゼロッテの二の腕の下のあたりを、ぷにぷにぷにと確かめるようにつまんで見せた。
「なるほど」
耳元でそう言うと、ジークヴァルトは何事もなかったかのようにリーゼロッテから手を離した。そのままサロンから出ていこうとする。
(な、なるほどってどういうこと……!?)
リーゼロッテは口をぱくぱくさせてジークヴァルトを目で追った。
「何をしている。執務室で特訓だ」
入口の手前でジークヴァルトは、腕を上げたまま固まっているリーゼロッテを振り返った。
「エラが今、紅茶を淹れに……」
「問題ない。先ほどそこで執務室に持ってくるよう伝えておいた」
そっけなく言うとさっさと歩いて行ってしまう。
(はぐれたらまた迷子になるわ!)
リーゼロッテはあわててソファから立ち上がり、ジークヴァルトの背を追った。カークがその後をゆっくりとついて来る。
サロンを出ると、すぐ先の廊下でジークヴァルトは待っていた。リーゼロッテが近くまで歩いていくと、ジークヴァルトは無言でその手を取って流れるようにエスコートしながら歩き出した。
公けの場でするようなエスコートに、リーゼロッテは戸惑った。ここは王城でもなければ、夜会の会場でもない。
令嬢らしく扱われるのはうれしくもあったが、何と言っても使用人の目が痛すぎる。
並んで歩くふたりを認めると、まず使用人たちははっとして廊下の端に避けて礼をとる。
その次に、手取り腰取りエスコートしているジークヴァルトを生温かい視線を向けて、それから後ろをついて歩くカークに目を見張る。
そして最後に、恥ずかしがっているリーゼロッテを見やって、にまにまとしながらふたりを見送るのだ。本当に全員が全員、口元がむずむずするのを抑えている。必死に隠そうとしているが丸わかりだ。
入り組んだ廊下の先々で幾人もの使用人たちとすれ違う。リーゼロッテの歩幅に合わせてジークヴァルトがゆっくり歩くので、なかなか先に進まない。
延々と続く生温かい視線が、どうしようもなくいたたまれなく感じられて、羞恥でリーゼロッテの頬が赤く染まった。
掴まれた手にぎゅっと力を入れると、リーゼロッテは訴えかけるようにジークヴァルトの顔を見上げた。
「なんだ?」
「あの、ヴァルト様……お屋敷の中でこのようにエスコートなさらなくても……」
「お前はすぐにはぐれるからな」
「迷子になったのは一度だけですわ」
一度きりの失態でそんなふうに言われてはおもしろくない。リーゼロッテはぷくっと頬を膨らませた。
(もしかして、昨日倒れたから余計に過保護になってるのかも……?)
リーゼロッテが僅かに首をかしげると、ジークヴァルトはその足を止めて伺うようにじっと見つめてきた。
「疲れたのなら」
「抱っこは嫌です!」
ジークヴァルトが言い終わる前に速攻で返す。この上抱っこ輸送までされては、今後公爵家の廊下をどんな顔で歩けばいいというのだ。
「わたくし、絶対に、嫌ですわ」
淑女の笑みを張り付けて、リーゼロッテはジークヴァルトを仰ぎみた。
その様子は「おふたりは仲睦まし気に廊下で長いこと見つめ合っていた」と、電光石火で使用人たちの間でまことしやかに噂されることになるのだが、リーゼロッテはそんなことは知る由もなかった。




