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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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27-8

 ぽつりぽつりと雨足が強くなっていく。エマニュエルに促されたリーゼロッテは、急激に強まった雨にジョンへ声をかける暇もなくその場を離れた。

 急ぎ足で屋敷の中に入ったが、着ていたドレスはぐっしょりと濡れてしまった。前髪からもぽたぽたと滴が落ちて、乾いた床に黒いシミを作っていく。


 ふと窓から外を見ると、バケツをひっくり返したような雨の中、ジョンが同じ場所で膝を抱えてうずくまっているのが目に入った。


(あのままでは風邪をひいてしまうわ)


 異形のジョンに、リーゼロッテはそんなことを思った。


(せめて傘があればいいのに――)


 そう思った瞬間、リーゼロッテの体から緑色の力が立ち昇った。


 視界の悪い豪雨の中、枯れた木の枝に濃密な緑が絡みついていく。それはまるで生い茂る葉のように木々全体に広がった。

 すべてを覆いつくすように。哀しい異形を雨から守るように。


 リーゼロッテは何が起きたのか理解ができず、呆然とその景色をただ見つめていた。


 今までずっとしゃがんだままだったジョンが、不意に緩慢(かんまん)な動きで立ち上がる姿が目に映った。ジョンは何かを確かめるようにじっと上を見上げた。そして、ゆっくりとこちらを振り返る。


 リーゼロッテはジョンと目が合ったように思った。鼻先まで伸びた前髪がふわりと舞いあげられ、そこから覗いたさみしげな瞳。そして額に光る、仄暗い赤い輝き――。

 滝のような雨に景色がぼやける中で、それだけがやけに鮮明に映った。


「リーゼロッテ様!」


 エマニュエルは傾いだリーゼロッテに駆け寄って、その体を腕に受け止めた。


「こちらをお食べになってください」


 明らかに力を使いすぎて脱力しているリーゼロッテの口内に、エマニュエルは無理矢理クッキーを押し込んだ。

 ひとつまたひとつと震える指でクッキーを差し入れる。リーゼロッテはうつろな瞳で、ゆっくりとクッキーを咀嚼(そしゃく)した。


 少しずつリーゼロッテの頬に赤みがさしていく。ほっとしたのもつかの間、雨に濡れたリーゼロッテの体が、思った以上に冷たいことにエマニュエルは気づいた。


「父さん! マテアス! 誰でもいいから早く来てちょうだい!」


 子爵夫人らしからぬエマニュエルの大きな声が、公爵家の廊下に響いていった。


     ◇

 王城に知らせが届いて、ジークヴァルトは急ぎ領地に戻ってきた。馬車も使わず豪雨の中、馬で休まず駆けてきたジークヴァルトは、全身ずぶ濡れの状態だった。


 屋敷の床が濡れるのも気にせず、ジークヴァルトは大股で歩を進めた。家令のエッカルトに詳細を報告させつつ、歩きながら濡れた服をそこかしこに脱ぎ捨てていく。


「それで今ダーミッシュ嬢はどうしている?」

「リーゼロッテ様はすっかり落ち着かれたご様子ですが、念のため部屋でお休みになっていただいております」


 ジークヴァルトにタオルをかけながら、エッカルトが新しい服を差し出して、ジークヴァルトを手際よく着替えさせていく。

 ふたりがリーゼロッテの部屋の前に到着する頃には、ジークヴァルトは髪は濡れているものの乾いた服を身にまとっていた。


 扉をノックする前に部屋からエマニュエルが顔を出した。


「リーゼロッテ様は今眠っておられます」


 そう言うエマニュエルの顔色はすこぶる悪かった。


 ジークヴァルトは無言で部屋の中に歩を進め、リーゼロッテの寝台へと躊躇なく進んでいった。

 リーゼロッテは規則正しい寝息を立ててぐっすりと眠っている。顔色は悪くない。ジークヴァルトは覗き込むようにして、その頬にそっと指を滑らせた。


 頬から額へ、額から耳元へ。そしてまた頬へ。


 最後に頭をひとなでしてから、ジークヴァルトはリーゼロッテの髪をひと(ふさ)持ち上げた。蜂蜜色の髪にそっと口づけを落とす。


 その指からするりと髪が滑り落ち、ジークヴァルトはようやく顔を上げた。


 振り向くとエマニュエルが深々と頭を下げていた。


「申し訳ございませんでした。わたしがそばについていながら、リーゼロッテ様を危険な目に合わてしまいました」

「いや、エマの対応が早かったと聞いた。問題ない。一晩眠れば彼女も普段通り動けるだろう」


 静かに言ってジークヴァルトはエマニュエルの顔を上げさせた。エマニュエルの目には涙が滲んでいる。


「エマも今日はもう休んでくれ。大丈夫だ。問題ない」


 そう言ってジークヴァルトは、確かめるようにもう一度、リーゼロッテの髪をするりとなでた。

【次回予告】

 はーい、わたしリーゼロッテ。予期せず力を使ってしまったわたしに頭を悩ませる公爵家の面々。力の制御の特訓の指導として、新たに選ばれたのはエマニュエル様で!? 今度こそものにできるように頑張りますわ!

 次回、第28話「巡る奔流」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!

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