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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
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7-2

     ◇

 ぱちっと目が覚めると、そこには心配そうにのぞき込んでいるエラの顔があった。見知らぬ天井が目に入る。あのあと王城の客間に通されて、着替えもせずに少し眠ってしまったようだ。


「ああ、お嬢様。ご気分はいかがですか? お腹はすいておりませんか?」


 おろおろとしているエラに、リーゼロッテは微笑みかけた。


「大丈夫よ、エラ。ごめんなさい、心配をかけたわね」


 ふかふかのベッドから体を起こして時計を見ると、夕刻を少し過ぎた頃、お屋敷での晩餐の前くらいの時間だった。いつもならお腹がく~く~なっている時間帯だ。


「あら……不思議とお腹がすいてないわ」


 常に腹ペコなのも、あの異形のせいだったのかもしれない。数時間眠っただけなのに、やたらとすっきりしている。万年寝不足を感じていたリーゼロッテにとっては、久しぶりの感覚だった。


 リーゼロッテの胸元で、ペンダントの石の青が揺らめいた。

(……これも守り石のおかげなのかしら?)


「お嬢様、この石は……?」


 エラが不思議そうに石をのぞき込んだ。リーゼロッテが大事にしていたペンダントは、もっとくすんだ青銅色だったはずだ。


「ジークヴァルト様に石を綺麗にしていただいたの」


 公爵の名にエラの表情がひきつった。


「エラ。今日、ジークヴァルト様とお会いして、わたくし、ジークヴァルト様を誤解していたことに気がついたの」


 あわてて言葉を紡ぐ。


「ジークヴァルト様は、とてもお綺麗で、力強いお方だったわ」


 綺麗なのは瞳の色で、力強かったのは頭部をつかんでいた大きな手なのだが。

 王子殿下に聞いた龍の託宣のことを、エラに話すわけにいかなかった。エラの心配が解ける程度のことを話して、リーゼロッテは、はにかむように笑った。


 大切な主人の久しぶりの心からの笑顔に、エラはぱあっと顔を明るくした。


「まああ、それはようございました!」


 エラは公爵に目通りしたことはない。毛嫌いしていたのはリーゼロッテが悲しい顔をするからであって、公爵本人に恨みがあったわけではなかった。


 リーゼロッテがジークヴァルトを受け入れるのであれば、否はなかった。リーゼロッテを幸せにしてくれるのなら、公爵が本物の魔王だったとしてもエラは受け入れたことだろう。


 そのときリーゼロッテがいる寝室の隣にある、居間の扉がノックされた。この客室には、客を出迎える居間と、侍女が控える小部屋、そして奥にこの寝室があった。


「わたしが見てまいります。お嬢様はもう少しお休みになっていてください」


 そういうと寝室の扉を閉めて、エラが部屋を出ていった。しばらくして戻ってきたエラが、来訪者はアンネマリーだと告げた。明日にしていただきましょうか? と、寝起きの主人を伺うようにエラは問いかけた。


 きっと心配して王城に残っていてくれたのだ。お茶会が終わってから、何時間もたつ。心細かったかもしれない。


「いいえ、お会いするわ。きちんとお礼を言いたいの」


 アンネマリーなら、ちょっと乱れたこの格好で会っても問題ないだろう。しわになったドレスを形だけ手で伸ばして、おろした髪は手櫛で整えた。


 居間に行くと、アンネマリーが腰かけたソファからすぐに立ち上がった。


「ああ、リーゼ、思ったより顔色がよくて安心したわ」

「アンネマリー様、ご心配をおかけしました」


 アンネマリーにぎゅっと抱きしめられる。


「様はいらないわ。昔みたいに名前で呼んでちょうだい」

「はい、アンネマリー。大好きですわ」


 はにかむリーゼロッテに、「なにこれ、可愛すぎるわ」とアンネマリーはさらに強く抱きしめた。するりとリーゼロッテの髪を梳くようになでる。自分の毛量の多いくせっ毛と違って、リーゼロッテの蜂蜜色の髪は艶やかで、いつまでも触っていたいくらいほど触り心地がよかった。


 アンネマリーはわざと家の馬車を帰して、王城にとどまったのだという。時間も遅いので、アンネマリーも王城に泊めてもらうことになったそうだ。ソファに座って、紅茶を飲みながら話を続けた。


「でも、この部屋とは離れた客間のようなの」


 アンネマリーは、調度品が豪華で無駄に広く、とてもきらびやかな客間に通された。急ごしらえに提供する部屋には思えなかったのだが、明日には帰る身。あまり深いことは考えなかった。


「どうしてもリーゼに会って安心したかったから、無理を言ってこちらに案内してもらったのよ」


 そう言うと、アンネマリーはリーゼロッテの手を取った。


「明日は一緒に帰りましょう? きっとみんな心配しているわ」


 アンネマリーの言葉に、リーゼロッテはどう説明しようかと逡巡した。王子の命で、いつまでかはわからないが、当分は王城から帰れないのだ。


「アンネマリー……そのことなのだけれど……わたくし、しばらくこのまま王城に滞在することになったの」


 エラも初耳だったようで、驚きに目を見開いている。


「その、王子殿下の命で……、きちんとお父様にも連絡が行っているはずよ。だから、心配しないで……?」


 上目づかいでそう話すと、アンネマリーは怒りに満ちた表情をしていた。タレ気味の目をつり上げてもいまいち迫力に欠け、かえって可愛らしく見えた。


「王子殿下の命令ですって!? いったい何があったというの、リーゼロッテ!」


 肩を揺さぶられ、リーゼロッテの頭がかくんかくんと前後した。


「そうでございます、リーゼロッテお嬢様! 王子殿下と言えば、女嫌いで有名な方です! それなのになぜっ」


 同じようにエラも、怒りの表情でリーゼロッテに言いつのった。


「はっ、もしかして、公爵様の婚約者であるお嬢様に王子殿下が嫉妬をして、嫌がらせをしようとされているのでは……!?」

「そうよ、エラ! 王子殿下は公爵閣下に懸想して、リーゼに嫉妬の炎を燃やしているのだわ!」


 ふたりの中で、王子の男色説が確定事項になりつつあった。ハインリヒの名誉のためにも、リーゼロッテはあわててふたりを押しとどめるように言った。


「そんなことはないわ! ハインリヒ王子殿下は思慮深く、とてもおやさしい方だったわ、本当よ!」


 リーゼロッテが声を荒げる姿など、エラはリーゼロッテに仕えてから一度も見たことがなかった。その様子におかげで、エラは少し冷静になった。


「……本当に嫌がらせなどはございませんか?」


 エラの言葉に、リーゼロッテはこくりとうなずいた。


「お噂と違って、王子殿下はよく笑われる方だったわ」

 むしろ笑いすぎなくらいである。


「それにわたくしの相談にも、親身になってのってくださったの」

 詳しくは言えないのだけれど、とリーゼロッテはすまなそうにつけ加えた。


「……だからといって、王城にとどまらせる意味がわからないわ」


 アンネマリーはなおも言いつのる。彼女の王子嫌いは筋金入りのようだった。リーゼロッテは仕方ないとばかりに、言葉をつづけた。


「それに、わたくしも……王城で婚約者のジークヴァルト様のお側にいられるので、その、とてもうれしいの。普段はお会いできない方だから……」


 ジークヴァルトのそばにいたいのは、早急に異形の問題をなんとかしたいからなのだが。


「王子殿下にもいろいろとご協力して頂けることになって」


 恋する乙女を装って、リーゼロッテは軽く頬を染めた。ジークヴァルトに胸のあざに口づけられたことを思うと、演技でなくとも頬が赤く染まった。


「リーゼは公爵閣下を怖がっていたように見えたけど?」


 お茶会での様子をみていたアンネマリーは不思議そうに言った。先ほどエラに話したのと同じように説明すると、アンネマリーはしぶしぶ理解はしてくれた。


「リーゼがそういうなら……わかったわ。命令じゃどうしようもないものね。でも、何かあったらすぐ連絡をちょうだい。絶対よ」


 そのタイミングで、アンネマリーの迎えがやってきて、用意された客室に戻るよう促される。


「じゃあ、わたくしは明日、先に帰るわね。リーゼも無理しないで、何かあったらすぐ手紙をよこすのよ」


 アンネマリーは、念を押してからリーゼロッテの客間を後にした。


 そして、戻った先の客間でアンネマリーは、第三王女の話し相手を務めるよう、王妃から命がくだったことを伝えられた。


 こうしてアンネマリーも、王城に滞在することを余儀なくされたのである。

【次回予告】

 はーい、わたしリーゼロッテ。王城生活でわたしを待っていたのは、今までとは違った穏やかな生活で!? 割れない・壊さない・転ばないってスバラシイ!! って、え? どうしてヴァルト様がふたりになってるの~!?

 次回、第8話「守りし者」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!

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