表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

113/494

26-9

『聖女って言ったら、だいたいは叡智(えいち)と力を授ける存在だけど……』


 ジークハルトは目を細めながら楽しそうに続けた。


『リーゼロッテの聖女はやる気がないみたい』


「ええ? それは困りますわ」

『というより自覚がないのかな?』

「どどどうしたら自覚して頂けるのでしょう?」


 リーゼロッテは焦りながら宙に浮くジークハルトを見上げた。


『お願いしてみたら?』

「そんなふわっとした感じでいいのでしょうか?」


 とりあえずリーゼロッテは祈るように手を組んで、守護者である聖女にお願いしてみる。


(聖女様。聖女様がわたしの守護者なのはきっとあなたの運命です! ですので、しっかりきっぱり自覚をもって、全力でわたしを守ってください!)


『ははは、やっぱりおもしろいや』


 そんな様子をジークハルトはおかしそうにずっと眺めていた。


「わたくしの力が安定しないのは、やはり聖女様の影響ですか?」

『そうだね。リーゼロッテと聖女の息が、まったくかみ合ってないからね』

「息、ですか?」


(阿吽の呼吸、みたいなものかしら?)


「そうおっしゃられましても……」


 リーゼロッテはどんなにやってみても、自分の中に守護者の存在を感じることはできなかった。それこそ精神を集中してみたり、座禅みたいなこともしてみたのだが。


『すごく同調してる時もあるよ?』

「え? そうなのですか?」


 リーゼロッテの緑の瞳がぱっと輝いた。


「どんなときに同調しているか、ハルト様はお分かりになりますか?」


 それが分かれば、力の安定化を図れるかもしれない。リーゼロッテはそう考えると期待に満ちた視線を向けた。


『どんなときって、そうだなぁ……』


 顎に手を当てて少し考え込んでから、ジークハルトはリーゼロッテに視線を戻した。


『こんなときかな?』


 ジークハルトは、すいと手を伸ばすと、手首から下だけをジークヴァルトのそれに重ねた。ジークハルトとジークヴァルトが、手首から先だけ合体した、なかなかシュールな光景だ。

 ジークハルトが満面の笑みを浮かべると、書き仕事を続けていたジークヴァルトの手から、ポロリとペンが滑り落ちる。


「おい」


 ジークハルトはジークヴァルトとつながったままの両腕を持ち上げて、そのままリーゼロッテへと手を差し伸べた。ジークヴァルトは引っ張られるように否応なしに立ち上がらせられる。


「おい、いい加減に」


 ジークヴァルトの口から抗議の声が上がるが、ジークハルトはかまわずその両手でリーゼロッテの頬を包みこんだ。仕上げにジークヴァルトの右手の親指をリーゼロッテの下唇に添えさせる。


 そこまでするとジークハルトは、ジークヴァルトから分離してすぐさま離れていった。

 両頬を大きな手で挟み込まれた状態で、リーゼロッテはしばしジークヴァルトと見つめ合っていた。


 しばらくするとジークヴァルトは無表情のまま、リーゼロッテの唇に添えた親指をふにふにと動かし始めた。まるでその柔らかさを確かめるように。


「ヴぁ、ヴァルト様」


 ぼんっと真っ赤になったリーゼロッテが、その指から逃れようと首を振る。両頬を固定したままの状態で、ジークヴァルトはその感触が気に入ったのか、無表情のままふにふに親指を動かし続けた。


(くちびるくちびる、いじらないで~!!!)


『ははは、同調してる同調してる』


 ジークヴァルトが指を動かすたびに、机に上にあった書類やペンが飛び散った。テーブルや調度品がカタカタと震え、異形の者たちが大きくざわめきはじめる。


「あああ、ヴァルト様! 仕事サボって何やっちゃってるんですか!」


 青ざめたマテアスが慌てて駆け寄ってきた。


「ああ! 修理したばかりの置き時計がっ」


 マテアスの悲鳴に近い叫び声がこだまする。


 リーゼロッテの唇を(もてあそ)び続けるジークヴァルトに、それに呼応するように周りで騒ぎだす異形たち。がっちゃがっちゃとひっくり返る部屋の中、真っ赤になったリーゼロッテからまき散らされる浄化の光に、巻き込まれては消えていく異形の数々。


「あああ、渾身(こんしん)の執務室が……」


 目の前の惨状にマテアスががくりと膝をついた。灰となったマテアスを、その後ろでエマニュエルがツンツンとつついている。


 そんなカオスな様子をジークハルトは、それはそれは楽しそうに眺めやっていた。



 自動書記で浮世絵美人が描かれた領地の書類は、後日そのまま王都に送られて、何事もなく王の執務室へと届けられた。

 書類を(まく)ったディートリヒ王の手がほんの一瞬だけ止まり、その口元にうっすらと笑みが浮かぶ。


「ラウエンシュタインの聖女か」


 そう呟くと王の笑みが深まった。


 滅多なことでは笑わない王の笑顔は、見た者を幸せにするという。そんな貴重な笑みを目にした者は、残念ながら、誰ひとりとしていなかった。

【次回予告】

 はーい、わたしリーゼロッテ。ジークヴァルト様は王城へ騎士のお仕事に、わたしは公爵領でお留守番です! 公務がとりやめになった王子殿下の元に、いきなり王妃様が現れて!? なんだか悪だくみの予感です! 

 次回、第27話「夏の終わり」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ