26-7
◇
修理から戻ってきた背の高い置時計の設置を終えて、マテアスはふうと額の汗をぬぐってから満足げに頷いた。長い振り子が左右に揺れて、時計はカチカチと時を刻んでいる。
ぐるりと執務室を見渡してみる。
完璧だ。何もかも元通りになった。いや、それどころか、気になっていた調度品の傷みなどもこの際一気に手直しを加えたので、新たな執務室に生まれ変わったといえるだろう。
公爵領は馬の産地として知られているが、優秀な家具職人が多くいることでも有名であった。公爵家ブランドの高級家具があるくらいで、いまや王家ご用達のセレブの象徴にもなっている。家具の修理はお手の物なのだ。
あとは仮の執務室から書類を運びこめば、今まで通り滞りなく執務が進められる。実に完璧だ。
マテアスは生まれ育ったこの公爵家で、以前から疑問に思うことがひとつあった。
歴史の長い公爵家には、かなり年季の入った調度品が数多くある。代々に渡って受け継がれ、それらは大事に使われてきた。
にもかかわらず、そこかしこに明らかに年代が違うものや不自然に新しい調度品が混じっているのだ。
代替わりがあれば、主の趣味で家具が刷新されることは貴族ではままあることだが、それにしても新旧入り乱れすぎている。統一感がないわけではないが、アンティークに詳しい者が見たら眉を顰める程度には、そこかしこがおかしなことになっていた。
例えば、居間。例えば、エントランスのホール。例えば、食堂。例えば、書庫。例えば廊下……。
今回の執務室をはじめ、日常で利用頻度が高いと思われる場所は、もれなくそんなちぐはぐなことになっていた。
マテアスは今回改めてその事実を認識し、そして、おおいに戦慄した。これは歴代の当主たちが、そこかしこでおいたをしてきた名残なのだと。
不自然に修復が重ねられたアンティークの調度品。他領の追随を許さない家具職人たちの技術の向上。そして、公爵家自ら立ち上げた、歴史ある家具ブランド。
これらはすべて、異形たちを騒がせては屋敷を破壊する公爵家当主への苦肉の対応策だったのだ。
新しい高級家具など何度も買いかえていては、公爵家と言えど財政を圧迫しかねない。領地経営は領民への生活へ直結するうえ、血税の無駄遣いをするわけにはいかない。
その点、自領ブランドなら低コストで済むし、領地の収入にもなる。先人の努力は、こうして脈々と受け継がれてきたのだ。
ちなみにエッカルトの話では、前公爵であるジークフリートは、直しても直しても、次から次へと屋敷を破壊していく状況だったらしい。
マテアスが子供時分に何度も目撃した騒ぎも、つまりはそういうことだった。ところかまわずディートリンデに迫るものだから、屋敷が壊されまくって頻繁に妻から接近禁止令が下されていたそうだ。
(確かに大旦那様はいまだに大奥様を溺愛なさっていますしねぇ)
まさに、公爵家の呪い恐るべしである。いや、居間や食堂、廊下の端々で劣情を抑えられない歴代当主の節操のなさもどうかと思うのだが。
しかし、マテアスはできる男だ。父親と同じ轍は決して踏まないと強く誓った。何があっても、ジークヴァルトにこれ以上部屋は破壊させまい。リニューアルした執務室を前に、マテアスはもう一度大きく頷いた。
使用人たちに仮の執務室から書類等を移動させ、いよいよ執務室の本稼働とあいなった。
マテアスは今回の騒ぎの元凶であるジークヴァルトに、もう一度くぎを刺しておく。
「旦那様、あのような騒ぎはもう二度と御免ですからね」
「問題ない。やつらの線引きはもうわかっている」
ジークヴァルトは涼しい顔で返事をした。
ジークヴァルトの言う『線引き』とは、リーゼロッテにどのような邪な感情を持つと異形が騒ぎ出すのか、そのギリギリのボーダーラインがどこにあるのかということだ。
(リーゼロッテ様の前では理性を抑えられないくせに)
いざとなったらどうなるかわからない。心の中では胡乱な視線を返しつつ、マテアスは「頼もしいお言葉、痛み入ります」と慇懃無礼に腰を折った。




