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対峙するふたりに挟まれて、リーゼロッテは慌ててソファから立ち上がった。
しかし立ち上がったところで、立っているジークヴァルトと浮いているジークハルトのにらみ合いを阻止できるはずもない。ただおろおろとふたりの顔を交互に見上げるほかなかった。
『ほら、リーゼロッテ。ちゃんとおねだりしなきゃ』
楽し気な口調でジークハルトがリーゼロッテをのぞき込む。近すぎるその距離にジークヴァルトは舌打ちをしながら、リーゼロッテをぐいと自分の元に引き寄せた。
その分、ジークハルトも距離を詰めて近寄ってくるものだから、リーゼロッテは完全にサンドイッチ状態になった。
「お前、一体何のつもりだ」
低い低い声が部屋に響いた。こんなにも感情を露わにしているジークヴァルトは見たことがない。怒気をはらんだ声音に、リーゼロッテは小さく身を震わせた。
ジークハルトの方はというと、相も変わらず笑顔のまま飄々と浮いている。ここまでくるとわざとジークヴァルトを怒らせているようにしか思えない。
何を考えているかまるで読めないこの守護者は、こういった時は何を言っても暖簾に腕押しだ。
リーゼロッテはなんとかこの場を収めようと、ふたりに挟まれて狭い中、身をよじってジークヴァルトに向き直った。
「あのっ、ヴァルト様。ハルト様はわたくしのためにヴァルト様をこちらにお呼びになったのです。ですからそのように怒らないでくださいませ」
ジークヴァルトの腕の中で、ほぼ真上を見ながら懇願する。
しかし守護者をかばうようなリーゼロッテの言葉に、ジークヴァルトの口はムッとへの字に曲がっただけだった。
『そうそう。気を利かせて呼んだんだからそんな怒らないでよ』
ジークハルトのおちゃらけた様子に、益々剣呑な顔つきになったジークヴァルトはぎりっと歯噛みした。本気で怒っている様子のジークヴァルトに、リーゼロッテは半ばパニック状態になっていた。
(どうしよう! わたしのせいだわ)
こんなにも怒りを露わにしているのだ。ジークヴァルトはしゃれにならないくらい本気で忙しいのだろう。そんな時にいきなり呼びつけられて腹を立てるのももっともな話だ。
ジークハルトにカークの話など振らなければよかった。リーゼロッテは心から後悔していた。
「ヴァルト様、わたくしが悪いのです!」
ジークヴァルトは守護者を睨みつけたままこちらを見ようともしない。リーゼロッテは演技でもなく本気で涙目になっていた。
「わたくしの我が儘でお忙しいヴァルト様をお呼びしてしまったのです! ハルト様に悪気があった訳ではないですわ!」
それでもジークヴァルトはジークハルトを睨みつけたままだ。
こちらに意識を向けさせようとジークヴァルトのシャツを掴み、リーゼロッテは必死にぐいぐいと引っ張った。握りしめる手に力が入り、掴んだシャツはもうくしゃくしゃだ。
「ヴァルト様、わたくしなんでも致しますから、どうかもう怒らないでくださいませっ」
その言葉にジークヴァルトは反射的に真下を見やった。
シャツを掴んだリーゼロッテが潤んだ瞳で見上げている。自分の手はリーゼロッテの肩に置かれ、彼女を胸に抱きよせている状態だ。
わたくしなんでもいたします……わたくしなんでも……なんでも……なんでも……
ジークヴァルトの頭の中で、リーゼロッテの言葉がリフレインする。
真下を向いたジークヴァルトは、真上を見上げたリーゼロッテと、密着したままおよそ三十秒は無言で見つめ合っていた。
その時ジークヴァルトの脳内では、リーゼロッテが潤んだ瞳で懇願する様が駆け巡っていた。服をはだけたあられもない格好でリーゼロッテが自分の名を呼び、なんでもするとしなだれかかってくる。
部屋の空気がざわりとした瞬間、ジークヴァルトははっと我に返った。
その青い瞳は次第に驚きの色を含んでいき、ジークヴァルトは肩を掴んだ手に力を入れて、乱暴にリーゼロッテをその体から引き離した。
「馬鹿なのかお前は!」
目の前で本気で怒鳴られたリーゼロッテは、思わずジークヴァルトのシャツから手を離した。ジークヴァルトは信じられないものを見るかのようにリーゼロッテを凝視している。
「あ、あの、ヴァルト様……」
「馬鹿だろうお前は! 何でもするなどと軽々しく!」
なんだかわからないが、ジークヴァルトの逆鱗に触れてしまったらしい。痛いほど肩を掴まれて、リーゼロッテは祈るように胸の前で手を組んできゅっと身をすくませた。




