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テーブルの上で、再びわさわさ動きだしたソレの動きに、リーゼロッテがびくりと反応する。ジークヴァルトから離れさえすれば、ソレらは見えなくなるという事実に、彼女は気づいていなかった。まあ、見えなくとも、そこにはいるのだが。
ジークヴァルトが、リーゼロッテの頭をつかんでいる反対側の手で、パチリと指を鳴らした。その瞬間、青い光に包まれてそこら辺にいた異形の者たちが霧散した。
「あ、あのものたちは何なのですか? 小鬼とおっしゃいましたが……」
リーゼロッテは、無意識にジークヴァルトに身を寄せる。
「人ならざる者、いや……かつて人であった者、という方が正しいかな?」
ハインリヒの言葉に、リーゼロッテは幽霊やそういった類の者を思い浮かべた。
「死者の残留思念とかも含まれるかなー。あ、ブラオエルシュタインの悪魔って呼ぶ人もいるよ」
カイがこともなげに言う。
(幽霊? 悪霊? 地縛霊? 悪魔が来りて笛を吹く!?)
怪談話が苦手なリーゼロッテは、オカルト的話の展開に身を震わせた。
不意にまた異形の者がティーカップの影からあらわれ、リーゼロッテをじっとうかがうようにのぞき込んでいる。異形の目と思わしきものと、ばちりと視線が合った。
(だ、誰かゴーストバ〇ターズ呼んできて!)
小鬼はとてもではないが、マシュ〇ロマンのように可愛くは見えない。どちらかというと、目をそむけたくなる。ドロドロのデロデロだ。
「いやあ、となりにジークヴァルト様がいるのに無謀にも近寄ってくるなんて、リーゼロッテ嬢、よっぽどおいしそうなんだなー」
カイはカップの方に手を伸ばして、そのドロドロでデロデロの首根っこをつまみあげると、ぽいっと宙に放り投げた。弧を描きながら小鬼は飛んで、ぽん、と消えてなくなった。
もう、気絶してもいいだろうか。
「ああ、先ほどの茶会でリーゼロッテ嬢はすごい数の小鬼を背負っていたね。今まで日常生活に支障はなかったかい? 異形に取り憑かれると、いろいろと障りが起こるんだ。例えば、疲れやすいとか怪我をしやすいとか。あと、まわりでものがやたらと壊れたりとか……」
ハインリヒの言葉にリーゼロッテは息を飲み、小さな唇を震わせた。思い当たることがありまくりだ。
「あの……では、わたくしが今まで……何もないところで毎日転ぶのも、体がずっと重いのも、物がよく壊れるのも、鏡がすべて割れるのも、いきなりカラスが窓から飛び込んでくるのも、フォークとナイフが天井に突き刺さるのも、みんなみんな異形のせいだというのですか……?」
リーゼロッテの青ざめた顔は、今ではもう血の通わない人形のようだった。
「ええ? なんか想像以上だし!?」
なんかいっぱい笑ってゴメン、とカイがばつが悪そうに言った。
先ほどの小鬼たちが、わさわさと足にしがみついて自分を転ばせているところを想像したリーゼロッテは、真っ青になって身震いした。
(聞かなければよかった……)
世の中には、知らない方が幸せなこともあるのだ。
「なぜ、わたくしにばかり寄ってくるのですか!?」
屋敷でも被害にあっていたのは、明らかにリーゼロッテだけだった。そのことを言うと、ハインリヒ王子は「ああ」と言ってから、言葉を続けた。
「リーゼロッテ嬢はヴァルトの託宣の相手だからね。狙われるのはきっとそのせいだ。それにダーミッシュ伯爵家は、代々無知なる者が多い家系だから、なおさらリーゼロッテ嬢に集中したのだろう」
「無知なる者……?」
「ああ、無知なる者は、異形の者が見えず、感じない人間のことを言うんだよ。そして同時に異形の者も、無知なる者に干渉することはできない」
少し小首をかしげたリーゼロッテを見て、ハインリヒはゆっくりと言葉を続けた。
「要は、異形の者になんら影響を受けない人間のことを無知なる者と呼ぶんだ。仮に奴らが襲ってきても、無知なる者なら巻き込まれることもない。だからこそ、リーゼロッテ嬢の養子縁組に、ダーミッシュ家が選ばれたんだよ」
リーゼロッテは青ざめた顔からさらに血の気が引いた。屋敷のみなに影響は出なくとも、リーゼロッテのせいで怪我をする使用人はいたのだから。その原因が異形の者だとすると、今後もっと大ごとにならないとも限らない。
「だけど、リーゼロッテ嬢のその環境は、ちょっと看過できないな」
そう言ってハインリヒは、ジークヴァルトを睨みつけた。
「不手際だな、ジークヴァルト」
ダーミッシュ家の養子に入ったとはいえ、力あるものとしてリーゼロッテの後見を任されたのは、公爵家を継いだジークヴァルトだったのだから。
「リーゼロッテ嬢は、本来なら異形の者を浄化できる力をもっているはずだ。なぜ、その力が使えないのか、詳しく調べる必要がある。大きな被害が出る前にね」
リーゼロッテに視線を戻すとハインリヒは柔らかい笑顔を向けた。
「心配しなくていいよ。ヴァルトの力を借りてはいるが、君も今は異形の者が視えているようだ。力を使いこなせるようになれば、恐らく危険はなくなる」
そして、ハインリヒは王太子として言葉を告げる。
「そういうわけでリーゼロッテ嬢、君はしばらく王城で保護する。これは命令だ」
反論を許さない声音で、いいね? とハインリヒはつけ加えた。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。王子殿下の命で王城滞在が決まったわたしは、心配するエラとアンネマリーの説得に大わらわ! あんな小鬼とは一生おさらばしたい! そんなとき、アンネマリーに王妃様の魔の手が迫って!?
次回、第7話「籠の中の乙女」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!