4
「あの、ルーベウス様?」
「ん?」
ノックして部屋に入ってきたユーリをドアの陰からサッと腕を伸ばし抱え上げる。
そしてそのまま執務用の椅子に座ると膝の上にユーリを横抱きに座らせる。
「降ろしてください」
ガッシリと腰に腕を回しユーリは自分から降りることを防がれている。
タイミング良く、侍女達がお茶とお菓子を用意していく。
毎回の事ながらユーリは頬が赤くなるのを隠せない。
執務に疲れたと言ってはルーベウスはユーリを膝に乗せ愛でる。
少年から成人し、青年へと成長しても変わらない。
しかも誰も咎めないのだ。
つるぺた少女だったユーリも13歳にまもなくなり、少しづつではあるが立派な凹凸のある身体になりつつある。
ルーベウスは翡翠色の瞳に緑がかった長い銀髪の非常に穏やかで美しい男性である。
貴族令嬢達の憧れの君、夜の森の妖精王と囁かれている。
モーションをかける女性も多いと聞くがサラリと交わし、最近では社交の場では学生時代の持ち味だった穏やかな空気ではなく冷たい氷のように人を寄せ付けない空気を纏うと言う。
それさえも令嬢方にはたまらない魅力でその氷を溶かすのは私だと益々人気が高まっているのだとか。
カレーニン家の中では執務室以外は柔らかな空気しか纏っていない。
そして時折アンナとユーリには甘やかな笑みを浮かべて文字通り甘やかす。
意識しないでいるのはユーリにとって酷く拷問である。
「ユーリ、あーん」
「本当に今日の夜会に出てくださいますか?」
「……出るよ。早く君が社交に出てるようにならないかな…」
「……私が出る事は少ないでしょう…虫除けにもなりませんしね」
「君のデビュタントのパートナーは俺だからね」
「………」
それには答えずユーリはフォークの上に乗ったケーキをいただく。
子どもの頃からのルーベウスの楽しみだと言われればそれまでだが、この所のルーベウスはこの戯れに時折真剣な色を浮かべユーリも誤解しそうになる。
事実惹かれていた。
だが自分は罪人。
だから一生独り身を貫く決意を固めている。
両親にも伝えて反対はされなかった。
出来れば、ルーベウスかアンナを支えていけるような人材になりたいのだ。
だから努力は惜しまなかったし、今も惜しまない。
しかし一応男爵令嬢である。
デビュタントにアンナではなくユーリと出れば婚約者ととられてしまう。
仮に本当にルーベウスにその気があったとしても不可能だ。
身分が違い過ぎて出来る訳がない。
この家に身を寄せて以来、ルーベウスのスキンシップは激しさを増すばかりで、公爵夫妻の前でも変わらない。
公爵夫妻も咎めない。
アンナは呆れて時々ルーベウスからユーリを助け出してくれるが、アンナ自身も「焼け石に水ね」とぼやく。
そのアンナも翡翠色の瞳に白金の髪の美姫である。
穏やかで優しげな面差しは女神と崇められ学園だけでなく、王立アカデミーのあらゆる貴族令息を虜にしている。
そして一部を除いた令嬢達も。
もっとも親友であるユーリはその優しさの中にある強い芯を知っている。
決して流されず常に己を持っているが、この兄妹の容姿に惑わされ侮る者は後を絶たない。
二人はそれを利用して自分達に害を、そしてアルバンス男爵家に害を成そうとするものを徹底的に刈り取った。
もっとも公爵夫妻がそれを行なっているとその幼さから思われていたのだが。
その最初のきっかけがユーリの事件だったのは兄妹の暗黙の了解である。
二人はそれほどまでにユーリ・アルバンスに執着していたのだ。