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完結してないのに新規投稿…すみません…
カタンとナイフが落ちた。
親友のアンナの顔は引き攣る。
今まさにアンナの親友であったユーリによって刺される寸前だったからだ。
アンナの兄のルーベウスにその短剣を叩き落とされるまでは。
「何故…何故なの…ユーリ」
「ごめ…んなさ…」
ユーリは観念した。
本当は殺したく無い。アンナは大切な大切な親友だった。
過去形にしなくてはならないのが悔しい。
それに暗殺未遂は謝って済む問題でもなく、それがたとえ脅され無理矢理だったとしても、アンナの家は公爵家、ユーリの家はしがない男爵家だった。
本来ならば友人にすらなり得ない身分差なのだ。
斯くなる上は自死しか無い。
カタカタと震えながら短剣を拾いその刃を自分へと突き立て-られなかった。
その前にルーベウスが器用にユーリ自身に刃を向けた瞬間に短剣を蹴り付け遠くに飛ばしたのだ。
「ユーリ!」
ユーリは身を翻してバルコニーから飛び降りようとする。
ここは5階。
落ちれば死ねる可能性は高い。
ただそれさえも寸前でルーベウスに抱え上げられ止められる。
「死なせてください!アンナを私は殺そうとしたのよ!」
ユーリはボロボロと泣きながらルーベウスの腕の中で暴れる。
「死なないで!死なないでよユーリ!大丈夫だから」
アンナがユーリに取り縋る。
アンナが泣いている。
「泣かないでユーリ、大丈夫だから、貴女のご家族は皆んな無事だから」
「…え…無事?」
ユーリはピタリと暴れるのを止めた。
「そうだ。グレイブ伯爵は捕らえられた。今頃は男爵家に弟のアレンも戻っている」
「お兄様が手配していてくださったの。だから、ね」
アンナが微笑む。
「ありがとうございます…ありが…とう、ございます。思い残す事はありません。どうぞ処刑なさってください」
「処刑なんてしないわ!貴女は私の大切なお友達。友人は何よりも得難いものなの」
「アンナ…ありがとう…でも駄目だわ。私は暗殺未遂…」
「ユーリは果物を剥こうとしてナイフを落としただけ。ね、そうでしょ?お兄様」
「アンナがそれでいいなら」
「だ、駄目です!」
ユーリは慌てた。
自身は成功しても失敗しても死ぬ覚悟を持って大切な親友をいくら家族の為とはいえ、殺そうとしたのだ。
それなのに何のお咎めも無いなんてありえない。
「うーん。元はと言えばうちのゴタゴタに巻き込まれただけなんだがな…」
ルーベウスが頭を振ってこめかみに綺麗な指を当てて少し考え込む。
「よし、ではこうしないか?君は俺の秘書としてこの家に住み込みで働く。賃金は家に仕送りすれば良い。君の家が元の状態に戻るまでは暫くかかるだろう」
「そうよ!それがいいわ!お兄様、ちゃんと3食5日勤務2日休日、そして学園はそのままで!」
「妥当なとこだな」
兄妹二人して決める。ユーリは置いていかれている。
「いや、そう言う事で無く…」
「では給金は父上と決めるとして、一先ず風呂に入れるか」
「え?!」
「家族と合わせぬまま悪いが寝てもらって記憶を覗かせて貰う。君を利用した我が家の敵を一網打尽にするからな」
ギラリとルーベウスの翡翠色の瞳が剣呑に光った。
「は、はい」
ユーリは頷くしか出来なかった。
それを肯定と捉えられたのか、ルーベウスはフワリと蕩けるような笑みを浮かべるとそのままユーリをルーベウス自身が風呂に入れた。
もちろん裸である。
この時ユーリは9歳、ルーベウスはギリギリ成人前の14歳。
本来ならば既に一緒に風呂に入るなんていけない年齢である。
ユーリは恥ずかし過ぎたが暗殺未遂の犯人の為、何をされても文句が言えないので我慢した。
アンナが呆れた目でルーベウスを見ている。
「お兄様…」
「責任は勿論取る」
愛おしそうにルーベウスはユーリを撫でる。
「まだあげませんわよ」
アンナの声にルーベウスは振り向いた。
「しばらくはカモフラージュに貸してやる」
「お兄様のになるかはユーリの気持ち次第ですからね」
「成人までに落とすさ」
不敵な笑いをルーベウスは浮かべた。
「浮気したり不幸にしたらお兄様でも許さないから」
アンナは冷たくそう告げると侍女から風呂から上がり薄い浴室着を着せられたユーリをバスローブで包んで受け取ると彼女を連れて浴室を出て行く。
「それは僕の役目…まぁいいか」
物言わぬ侍女達の雄弁な瞳にクスクスとルーベウスは笑う。
今この場で彼の婚約者はユーリと決まった。
「グレイブ伯爵にそこだけは感謝せねばな」
既に次期公爵として辣腕を振るっているルーベウス。
年齢差と身分差で手に入れる事が難しかった愛しの少女。
その彼女を傷付けたのを彼が赦すはずもない。