第八十九話:歓迎(今度こそ)
「せっかく呼びつけておいてこのようなことになり、申し訳なく思う。まずは詫びを。この通りだ」
警備隊長というイケオジエルフに案内されて蔓でできた昇降機に乗って巨大な樹に昇り、ひときわ立派な木造住居に立ち入ってみれば、長い髪とあごひげが特徴的な老人エルフが、あぐらをかき両手の拳を床に着けて頭が床に着きそうなくらい下げていた。武者みたい。
……いやさ、この通りとか言われても?
『そちらの手落ちだからな。人間側の常識を知らないにしても、あまりにも一方的過ぎた。そもそも、この領域に悪しきものは立ち入れないはずだろう?』
あきれ気味にヤタが言うけれど、エルフ側の事情とかよく知らない僕たちからすれば、もう帰りたい。その一言につきる。
『若き妖精よ。エルフたちをあまりいじめないでおくれ。事情があるのだ』
老人エルフの近くに浮かぶ、仙人みたいなおじいちゃん妖精が、威厳ある雰囲気でたしなめてきたけれど。
『おい、エルフの長。事情を知らないこちらはいきなり矢を射かけられてさすがに冷静になれない。言いたいことがあるならさっさと言え』
ヤタは気にせず、めんどくさそうに言い放った。
僕もヤタとおんなじ気持ちなんだよねー。
「では、妖精殿の言葉に甘えて。……ささ、まずは腰を落ち着けて、それから話を聞きなされ」
脇に控えていたおばあちゃんエルフが、座布団に座ってと促し、良い香りがするお茶で満たされた木のカップと、木の実や果物、豆や乾燥果物、干し肉なんかを盛り付けた深い皿を僕らに出してくれた。
座布団は草を編んで作ったようでいてもふんわり柔らかで、お茶は良い香りで、おつまみは色とりどりできれいで美味しそうだけれど……。
……ちょっと、その、手をつけようとは思えなかった。
「ささ、若き人の子よ。特に良いものを集めさせた。遠慮せず食べてみるといい。妖精殿も、遠慮することはありませぬぞ」
長と呼ばれたおじいちゃんエルフが人の良さそうな顔ですすめてくるのけれど、どうしても手をつけづらいと思ってしまう。
『そうか。なら遠慮なく』
けれど、ヤタは本当に遠慮なくパクパク食べ始めてしまった。
少し時間が経ったことで少しだけ冷静になった分、毒とかはもう気にしてないけれど……。
『新鮮な《霊峰イチゴ》《レインボウベリー》《サンシャインオレンジ》の盛り合わせに、カットされた《マキシマムトマト》、《仙人大豆》の炒り豆と《鬼力クルミ》のミックスナッツ、《韋駄天コーン》の焼きモロコシに《鋼殻ドングリ》と《神秘のブドウ》で作ったレーズンクッキー。どれもステータス上昇アイテムが素材だ。エルフといえども簡単に用意できるもんじゃない。それだけ誠意を尽くしてるってことだ。王族だって気軽には食えないものばかりだから食わなきゃ損だぞ』
……ほんとに遠慮してないヤタを見て、おじいちゃんエルフを見て、微笑みながら大きく頷くのを見て、レーズンクッキーをぱくり。
…………なにこれ。すごい。美味しすぎる。一秒でも長くもぐもぐしてたい。美味しいって言う前に次の一口を食べたい。飲み込むと後味が残らない。すごい。あ、お茶も美味しい。
僕もミナトもトールくんも、夢中になって食べるのを見ておじいちゃんエルフは嬉しそうに大きく頷いて、表情を引き締めて語り出した。
「そのままで聞いて欲しい。我らエルフの気が立っていたのは、この領域内に黒いゴブリンどもが侵入し、同胞の子や家畜が拐われる被害が数件発生したからなのだ」
『まさか、あり得ない。あの黒いゴブリンどもはエルフか妖精の了解を得たというのか?』
ヤタが食べるのをやめて驚いていた。
『若き妖精よ、それはあり得ないのだよ。そなたが人の子らを慈しむように、我もまた共に在るエルフを大切に思っているのだ』
「里の者たちも、同胞を差し出すなどあり得んよ。まして、ゴブリンになど」
おじいちゃん妖精もおじいちゃんエルフも、内部からの犯行は否定してみせた。
『だとしたら、あとはここの領域の《境界》か自分の《存在》を一時的に曖昧にして侵入したとかかな』
「こちらの妖精殿の警告により侵入者に気付き捜索したところ、子どもや若い娘や家畜が拐われているところであった」
全員、食べるのをやめておじいちゃんエルフの語る内容を聞き漏らすまいと耳を澄ます。
「幸いにして、この領域内で黒いゴブリンを始末したことで拉致は未遂に終わったが……。それから数日後、こちらの妖精殿から、人の子があの忌まわしき黒いゴブリンの一団を撃破したとの知らせを聞き、呼び寄せた次第だ」
……うーん? それだけで、貴重な作物を出すほど歓待される理由になるのかな?
「侵入した手段についてだが、そちらの妖精殿のいう通り、連中は己の存在を曖昧にしてきたようなのだ。具体的には、領域の外で活動するエルフを捕え、その者たちの皮を剥ぎ取って身に纏い血肉を使って己の存在をごまかしたようだ」
『……ちっ』
ヤタの舌打ちが響く。
それは、この場にいる全員の不快さを表しているかのようで。
「…………不愉快だね」
「そなたらもそう思うか」
トールくんとおじいちゃんエルフの、怒りの波動すら感じるような声に、震えて抱き合う僕とミナト。
「この事実をもって、黒いゴブリンを《忌まわしき黒》と特別に呼称し、根絶やしにすることに決めた。これは、妖精殿を通じてドワーフや獣人などにも通達している」
「…………あれ? 人間には?」
「ミコト、察しろよ」
「…………あっ」
ぎゅーっと抱き締め合うミナトに言われて、気付く。
「うむ。気付いたようだな。人間側には妖精殿が寄り添っておらぬ。ゆえに、そなたらに一仕事頼みたくもあってな」
んんん? なんか、ちょっと、面倒なことになりそうな感じがするよ?
「人間の権力者のところへ我らエルフが急に押し掛けては、驚きもするであろうし迷惑と感じるやもしれぬ。それゆえ、同じ人間であるそなたらに、エルフの族長であるワシからの書簡を届けてほしいのだ」
………………あの、僕ら、人間の偉い人の知り合いとか、いないんだけど?
・マキシマムトマト : 最大HPが上昇。
・霊峰イチゴ : 最大MPが上昇。
・鬼力クルミ : 力が上昇。
・仙人大豆 : 体力が上昇。
・鋼殻ドングリ : 耐久が上昇。
・レインボウベリー : 器用さが上昇。
・韋駄天コーン : 速さが上昇。
・サンシャインオレンジ : 魔力が上昇。
・神秘のブドウ : 魔防が上昇。
・フォーチュンチェリー : 運が上昇。