第七十六話:閑話:緊急会議
AEO開発スタッフの視点。
「主任! ちょっと来てもらえますか!?」
プレイヤーの監視を担当しているスタッフの悲鳴に駆けつければ、一時声を失ってしまう。
あまりの事態に、開発主任の立場でも処理できないと判断。
まずは部長を呼んでから、努めて冷静にスタッフ全員に声をかける。
「全員作業中止。緊急会議だ。異論は認めない」
状況が分かっているのかいないのか、全員素直に作業を中止してこちらを見た。
以前にやらかした梅原はキョトンとしているが、今回はスキルの取得条件を勝手にいじった程度じゃないぞ。
「主任、何がありましたか?」
俺の様子にただならぬものを感じたのか、岩崎が恐る恐る尋ねる。
「《妖精の呪い》が発動した。運営側のテストプレイヤーのアカウントが一件消失した」
スタッフ全員がざわつきだす。
それもそうだろう。
テストプレイヤーのアカウントの消失となると、現実で表現した場合、目の前から人が突然消えてなくなるようなものだから。
「どの妖精がっていうのは、言うまでもないな。すぐ確認する必要があるが、その前に」
一度言葉を切って、スタッフ全員を見渡す。
「ミコト嬢の《拠点》に《はぐれワイバーン》を向かわせたやつは誰だ? 自動で発生するモノを除いて、βテストのスケジュールにワイバーンが出てくる《襲撃イベント》はなかったはずだが? 今ならまだ俺は怒らない。やったやつ、名乗り出ろ」
少し待つが、名乗り出るものはいない。
と、いうよりも、みんな困惑していて状況を掴めていない感じか。
「あの……、《はぐれワイバーン》なんて、拠点レベルがカンスト近くないと発生しないんすけど……。テストの予定もなかったですし……。それより、消失って……」
《拠点》でのミニゲームを担当していた男性スタッフの辻が、顔を青くしているが……。
「辻、お前じゃないのか?」
「俺じゃないっす! 主任お気に入りのミコトちゃんにちょっかい出すにしても、はぐれワイバーンはさすがにないっす! 今の段階では明らかにやりすぎだし! そもそもゲーム後半にならないと出ない予定で、はぐれが発生するルーチンは組んであっても実装されてないはずです!」
「はぐれ発生のルーチンは組みましたけど、まだアップしてません。勝手に起きるゴブリンキングの発生と違って、スタッフ側からアプローチしてないのでまだ起きるわけがないです」
農作物を守る《拠点防衛》のミニゲームや《キング》の発生を監視しているスタッフからも否定された。
「おい梅原、またお前か? 今回はスタッフのテストプレイヤーが一人消えてる。冗談では済まないぞ? 具体的にいうと、俺が個人的なお仕置きしたからといって許される話じゃない」
「ち、ちち、違います。違います!」
青い顔をして首を激しく振る梅原は、今回は本当に何もやってないように見えるが……。
「諸君、ご苦労。少し良いかね?」
紫髪の部長が、美人の秘書さんを引き連れて開発室にやってくる。
就業時間内に部長が開発室にやってくるのは珍しいことだが、今回は状況が状況なだけに、判断を仰ぐために直接現場に来てもらった。
俺たち開発スタッフが手掛けていないブラックボックスの部分は、この固太りのおっさんが持ち込んだものと聞いている。
特に、サポートAIの妖精に関することは、ほとんど部長が管轄している。
……どこでなにやってるか知らないが、こことは別に開発室があって、暗部が暗躍してるって噂もあるくらいだし、それくらい謎が多いのも確かなんだよな。
「今回の《妖精の呪い》は、ゲーム世界の闇の方を担当していたテストプレイヤーが消失したそうだな?」
ゲーム世界に、闇ギルド、というものがある。
盗品を売買したり取り戻したりする盗賊ギルドや暗殺者を管理する暗殺ギルド、人身売買を行う奴隷ギルドなど。
そこに潜入していた人の反応が消えていた。
「その通りです、部長。プレイヤーネーム《ミコト》の《拠点》に《はぐれワイバーン》が襲来。予定にない《襲撃イベント》でミコト嬢の妖精 《ヤタ》が激怒、《妖精の呪い》によって闇ギルドに潜入していたプレイヤーが消失しました」
「ふむ…………。うむ、分かった。では、《大陸マップ》を表示したまえ」
「了解。《大陸マップ》表示」
大型スクリーンに、現在表示されていた情報が縮小していき、ゲームの舞台となる大陸全土が表示される。
こうしてみると、βテストで解放されている地域は、大陸のほんの一部だということがよく分かる。
テストプレイヤーの表示が、1ヵ所に集中している。
その場所を中央とした場合、
・東の『鉱山』の先は荒野、さらに先は砂漠。
・西の『魔の森』の先は、小島と人工の浮き島が点在する巨大湖。
・北は草原、その先は朽ちた地下遺跡群。さらに先は山脈、そこを越えると雪原。
・南は林の点在する平原、その先には湿地、さらに先には海。
となっている。
その、大陸マップを眺めて、うむ、とうなずく部長。
……自分だけ分かってないで、説明してくれませんかねぇ?
「そうだな……。おそらく消失の原因は、探せなくなっただけだろう。
現在テストプレイヤーたちは、『街』と『魔の森』を中心として活動しているだろう。《妖精》による監視システムによってその位置を把握しているわけだが、第一次βテスト終了時に妖精の支援が打ち切られた者も、監視自体は継続されている。
……赤井君、そのはずだね?」
「はい、部長。監視といいますか、行動は把握していないとテストになりませんし」
「うむ。つまり、だ。それぞれ担当している妖精の知覚範囲から逸脱した場合、消失したとみなされるだろう。……そうだな、こことか、どうかね?」
そういって部長が指した場所は、よりによって、『街』より北側の草原を越えた先、前期文明の跡地、『朽ちた地下遺跡群』だった。
……結局、部長はテストプレイヤーの捜索を指示しただけで、《妖精の呪い》の原因となった《はぐれワイバーン》の発生については言及しなかったし、聞いてもはぐらかされた。
……仮に、はぐれの発生が偶然の産物だったとしても、とばっちりを受けたテストプレイヤーの彼は、たまったもんじゃないな。
せめて、早く見つけてあげよう。
……それと、ミコト嬢のところのヤタの怒りを静めないとな……。
なんか贈り物したら怒りを静めてくれるだろうか……?
何がいいかな? ほんとは、ミコト嬢だけ強化されていくのは良くはないんだけど……。
……それもテストと割り切るか。
……さーて、スケジュール調整しつつ彼の捜索しつつ贈り物の選別か。
……今日も徹夜かな……? ……ちくせう。




