第六十九話:プレイヤー
トールくんが戻ってきたので聞いてみれば、戦闘はちゃんと終わったみたい。
今は白い髪の少女が、僕の膝を枕にしているので、倒した魔物を持ってきてもらう。
僕の背丈の倍近くはありそうな巨体。
鎧のような筋肉質の体。
灰色がかった肌に頭の角。
「……鬼……」
ごくりと、唾を飲む。
ゴブリンジェネラルはトールくんよりも大きかったけれど、それよりもさらに大きい。
「正確には『オーガ』だね。表皮は固くて鉄の剣もろくに通じない鎧みたいな筋肉に、巨体から繰り出されるパワーは鉄の盾ごと壁役を叩き潰すし、巨体に見合わず格闘家のように俊敏に動く強敵。……なんだけど……」
「なんだけど?」
トールくんの言葉が尻すぼみになっていく。なんだろうね? と首をかしげると、続けた言葉にちょっと笑ってしまった。
「いやその、なんというか……。事前情報よりだいぶ簡単に倒せたよ。……ミコトがくれた装備が良いんだね」
「それは、トールくんが強くなったからだと思うよ? ゴブリンジェネラルとか、一騎討ちして倒してたじゃない」
「ん、んん~……。そう、なのかな?」
ちょっと自信なさげに首をかしげるトールくんに、確信をもって笑いかけた。
「そうだよ。今のトールくんは、トールくん自身が思っているよりずっと強いよ。だって、ワイバーンだって斬り捨てるんでしょ?」
「そんなこと言ったっけ……?」
頭を抱えるトールくんを見て、なんだか微笑ましくなってしまった。
あれだね。『チュートリアル・バトルモード』でゴブリンとかオークとか相手に無双してた時だね。
トンカツを作ろうとか言ったせいで、みんなハッスルしたんだっけ。結局そのときは、玉子がなくてカツは断念したけど。
『それはともかく、少しもったいなかったな』
残念そうに言うヤタに、「そうなの?」と問えば、
『ああ、オーガの血は《鬼の血》という素材になる。劣化版だがな。他にも、肝や心臓など、薬の素材になる。討伐証明部位は頭の角。武器にもなるが、すりおろして粉薬に混ぜると、効果を増幅してくれる』
「へぇ……。確かに、素材としては、もったいなかったね」
首と手足1本ずつ、ちょんぱしてるしね……。血なんてほとんど残ってないと思う。まあ、ありがたく収納しますよ。
「ところで、ヤタ? オーガの肉って美味しいの?」
『知らねー』
「固くて臭みがあって、美味しくないという話だけど……。強壮剤、というか、ミコトが使う《付与》みたいな効果が有るみたいだよ。食後一時間くらいしたら効果が出てきて、少しだけ力とスタミナが増えると聞いたことがある」
「なるほど~」
お肉を直接食べなくても、臭み取りの香草や野菜と一緒に煮込んでスープの出汁にしたらどうかな?
いつか試してみよう。
……で、キリのいいところで、このほんわかした空気を一旦停止して、目の前の現実を見ようか。
今、僕の膝の上に頭を乗せて眠っている少女のこと。
「ところでヤタ? 僕たちが探していた、一番近くにいる妖精さんって?」
『………………こいつ、だな』
「もうひとつ。この子の頭の上の方に、名前と3本のステータスバーが見えるんだけど?」
『…………つまり、プレイヤーってことだな』
たとえば、トールくんなら、スキル《鑑定》を使わないと名前も分からない。
けれどこの子は、じっと見る……ピントを合わせるような感覚……と、名前とHP、MP、STの、3本のステータスバーが見える。
「この子、僕と同じプレイヤーで、妖精でもあるってこと?」
『………………分からん。運営に問うてみよう』
ふと、視線を上げてみれば、
「…………うーん…………。この子、女の子、なんだよね……?」
少女の髪を撫でながら、難しい表情をしたトールくんの顔がすぐ目の前にあって、ちょっとびっくり。
「ど、どうしたの? トールくん?」
「弟も、生きていたならこれくらいの年頃かなって。……それに……いや、やめておこう」
静かに眠る少女のほほを愛おしげに撫でるトールくんは、なにかを、あるいは誰かを思い出しているようにも思えて。
故人を偲ぶことを止められるわけがないけれど、けれど、そっちに引きずられてしまわないだろうかと、怖くなって手を延ばし、トールくんのほほに触れる。
ちょっと驚いた表情のトールくんは、すぐに微笑んで、僕の不安を拭い去るように優しく頭を撫でてくれた。




