第六十八話:白い髪の少女
殴る。
殴る。
蹴る。
殴る。
妖精の記憶に引きずられていることは分かっている。
分かっているけれど、この身の内から湧き出る衝動を、止められない。
動く魔物がいなくなれば、疲労で重い足を引きずりながら探し回った。
見つけたら、殴り殺し、蹴り殺した。
ぼくの恨みを、
オレの痛みを、
思い知れ、魔物ども。
………………???の嘆き
十分な休憩をはさんでから付与を掛け直し、移動を再開する。
魔物が増えてきたこともあり、走ることはなくなった。
……だからといって、僕の出番があるわけじゃないけど。
「ねぇ、ヤタ? 僕も弓の練習したいんだけどなー?」
そう、練習。
戦闘の頻度こそ上がったものの、敵の強さは大したことはなく、トールくんも投てきや格闘を混ぜながら戦っていて、剣を振る頻度が減っていた。
……投てきや格闘の方が早く倒せるのかと思ったけど、そうでもなさそうなんだよね……。
現状は、まさに戦闘訓練。練習だ。だから、僕もと言ってはみたものの、
『お前がやると全体の足が止まるから、あとにしろ』
と、とりつく島もない。
「もー。いくら後衛だからって、僕も強くなった方が良いじゃないのさー」
「大丈夫だよ。ミコトはおれが守るから」
顔を狙ったオークのパンチを前転しながらよけてナイフを引き抜き膝を斬ってバランスを崩し、後ろから首をナイフで一突き。
どこの暗殺者だろう? といった動きをして見せるトールくん。
『戦闘は任せるワーン!』
『お任せですワーン!』
自分より体の大きな熊相手に、真正面から飛びかかって首をはねるジョンと、突進する熊に飛び乗って首を一突きするメグ。
頼りになるんだけどさぁ……。
いやその、首を一撃が、素材の状態が一番良くなるのも分かるけどさぁ……。
……僕、実はあまりグロ耐性はないんだよね。
……まあ、バラバラにするよりはマシか。はい、収納収納っと。
「ヤタ、だいぶ進んだと思うけど、妖精さんは?」
『もうそろそろだぞ。なんかそいつ反応がおかしいが……。犬ども、向こうの方角で戦闘だ。先行しろ』
『了解ですワン!』
『お任せですワン!』
風のように駆け抜けていく二体のコボルトを見送り、僕らも駆け出す。
するとすぐに、激しい戦闘音が……木が、倒れる音!?
『受け止めろ!』
音のする方から何かが飛んできて、トールくんが抱き止めた。
それは、12~13歳くらいの、小柄な女の子? だった。
意識を失っていて、あちこち破れているボロボロの服を着ていて、身体中傷だらけなのに対して、手甲や胸当ては汚れてはいるけれど無傷。
それよりも、肩にかかるくらいの真っ白な髪と、口から吐いた血のあとと、生気のない顔を見て、慌ててトールくんから受け取り、ワイバーンの翼膜で作ったシートに寝かせて治療を始める。
「おれは向こうに加勢に。ここを任せても?」
『おう、いけ』
抜刀して駆け出すトールくんを見送ってから、少女にひとまず《ヒール》をかけて、それから体の状態を確かめるために《鑑定》をする。
すると、ダメージそのものよりも、状態異常の方が危険なことが分かった。
・飢餓 : 空腹が続き、危険な状態。
スタミナが0%になると、この状態になる。
この状態では、徐々にHPが減少する。
えっと、これは……。
《付与:活力》をかけてもスタミナは回復しないし、《ヒール》をかけても傷は治るもののHPの減りは止まらないみたい。
なら、ポーションか。
できるだけそっと体を起こして、体を支えながらポーションの瓶をアイテムボックスから取り出して、少しずつ口に含ませると……。
カッと急に目を開けてポーションの瓶をつかんで一気飲みをした。
あ、あれー……?
改めて《鑑定》をかけてみても、《飢餓》の状態はまだ治ってはいない。なので、もう1本ポーションを飲ませてから、果実水を飲ませる。
虚ろな目で果実水を飲み終えた少女が一息ついたとき、ぐぎゅううぅぅぅっ、と奇妙な音が鳴る。
すごく近くから鳴ったような気がするものの、なんの音かよく分からずに辺りを見回す。すると、
「…………腹、減った…………」
・状態 : 飢餓 → 空腹
・空腹 : スタミナが減りすぎて、危険な状態。
スタミナが10%未満になると、この状態になる。
この状態では、全能力が低下する。
白い髪の少女の、うわ言のようなか細い声。
ステータスの面からいっても、まだ良くなったとは言いきれないみたい。
……それにしても……。
『なんだ、ただの腹ペコか』
ヤタ、言い方ぁ……。
このまま放置もかわいそうなので、スキル《浄化》で全身きれいにしてあげてから、アイテムボックスから麦飯のおむすびと野菜スープを出すと、虚ろな目がだんだん焦点が定まってきて、鼻がひくひく動いて、ごくりと喉を鳴らしていた。
「ねぇ、きみ。大丈夫? 分かる? ほら、食べていいよ。喉に詰まらせないようにゆっくりね」
声をかけながらおむすびと野菜スープを差し出せば、奪い取るかと思いきや、そっと受け取って。
あとはもう、一気に。
あっという間に完食するのを見て、足りなさそうと焼きうどんを一皿出せば、
「それも、くれ。あとで礼はするから」
めしあがれー。むしゃー。
こちらもあっという間に完食。まだまだ足りなさそうだったけれど、スタミナがぎゅんぎゅん回復していってるのを見て、これ以上はまずいのかもと思う。
「あのね、まだ食べ足りないかもだけど、急にたくさん食べるとお腹がビックリしちゃうよ? しばらくはこれを噛んでて。お腹休ませよう?」
そういって干し肉を差し出せば、少し不満そうではあったけれどおとなしくもぐもぐしていた。
いつの間にか戦闘音も聞こえなくなり、少女も、もぐもぐしながらうつらうつらと船をこぎ始めた。
「ちょっと、横になろっか」
頭を支えながら体をゆっくりと倒してあげて、僕の膝の上に頭を乗せてあげると、すぐにすやすやと寝息が聞こえてきた。
「ミコト、その子の状態は?」
戻ってきたトールくんに、口に人差し指を当ててみせて、ひとまずは平気だと伝える。
「大丈夫そうだよ。《ヒール》かけてご飯食べたら、安心したのかな。寝ちゃった」
なんだろうね? 僕に弟はいないはずだけど、実際にいたらこんな感じなのかな?
そんなことを考えながら、頭を撫でてあげていると、
「そうか。それは良かった」
と、トールくんは心の底から安堵した声で微笑んでいた。
・状態 : 飢餓 → 空腹 → 睡眠