第六十五話:夢で見た子
「うーん……」
小さい子どもと少女がゴブリンに惨殺される悪夢のあと、別の理由で眠れなくなった僕は、時間が経つごとに夢で見た子どものことが気になってきていた。
それは、朝になって、布団から出て汗を流して、ご飯作ってみんなで食べてひと息ついてからでも変わらなかった。
「どうしたの? ミコト? また、怖い夢を見たのかい?」
「あ、ううん。そうじゃなくて……」
心配げに顔を覗き込んでくるトールくんの顔がちょっと近くて、『おまじない』のことを思い出してちょっと慌てながら返事をする。
小さな子が大量のゴブリンに惨殺される。
その夢は、本当に怖かった。
けれど、その怖さはトールくんがしてくれた『おまじない』で薄れて消えた。
そうじゃなくて、問題は、
「あのね、トールくん。5、6歳くらいの男の子と、僕と同じくらいの歳の女の子が夢に出てきたんだけど、なんかその二人のこと、僕は知っている気がして……」
胸に感じるもやもやを言葉にしてみると、『二人の子ども』や『大量のゴブリン』に、どこか既視感のようなものを感じていたことが分かった。
「……ミコト、その、子どもと女の子、髪は赤くなかったかい?」
「あ、そういえば、そうだね。トールくんみたいな、きれいな赤い髪だったよ」
夢の中の惨劇……は、あまり思い出さないようにしつつ、男の子の顔や髪を思い出してみると、顔立ちがどことなくトールくんに似ている気もするね?
そんなことを考えてみたら、トールくんの顔が曇っていることに気がついた。
「…………トールくん、どう、したの……?」
「……………………なんでも、ないよ。なんでも、ないんだ…………」
そんな、なんでもないわけがないよ。なんでもないなら、悲しさと悔しさと怒りがない交ぜになった顔で、涙を流したりしないよ。
「トールくん、なにか、知ってるの?」
今の僕には何もできないけれど、せめて、そばにいて涙をぬぐうくらいのことはしたい。
家族になろうと言ってくれた人の涙は、胸を締め付けられるものがあって、僕も、泣きそう。
「…………たぶん、おれの、姉さんと弟。昨日行った開拓村で。街からの応援が到着した時には、亡骸は全て埋葬された後で、何も言わない父と、父の書き置きだけがあったらしい。でも、何があったかはなんとなく。……もう、六年も前の話だけど」
六年。
決して短い時間じゃない。
それだけの時間、ずっと亡くした家族に想いを馳せては1人で泣いていたのかと思うと……。
今の僕には何もできないけれど、せめて、悲しみが少しでも癒えますように。
祈るような気持ちで、トールくんを胸に抱き締めた。
おずおずと、僕の細い腰に手を回したトールくんは、しばしの間、声を殺して静かに涙を流していた。
男の子でも、泣けるときには泣いても良いと思う。
それがきっと、亡くした家族への弔いになると思うから。
大人になれずに死んだ子どもは、妖精になってこの世界にとどまることがあるそうだ。
多くの妖精は、人であった時の記憶は無くすという。
けれど、ごく一部は、記憶を持ったまま妖精となり、親、兄弟、親戚、友人、想い人などの、生前親しくしていた人のそばに寄り添い、小さな幸運を届けるのだという。
多くの者はそれに気づかない。
妖精を見ることができないから。
けれど、妖精が人の目に見えるように姿を現したのなら。
亡くしてしまった家族のように寄り添う姿を見ることができるかもしれない。
そして、その妖精は、亡くしてしまった家族そのものかもしれない。
…………ある学者の手記。