第六十四話:八日目、未明から
迫るゴブリンを殴る、蹴る。
幼い自分と体格が同じくらいの魔物でも、これまで鍛えた拳で、脚で、戦えることを実感すると、村のみんなの負担を減らすために、少しでも魔物の数を減らさなければと持ち場を離れてしまった。
父に、この場から動くなと厳しく言われたのにも関わらず。
小さい子供の自分でも、ゴブリンくらいなら倒せる。
……そう、調子に乗ってしまった。
だから、自分の拳が通じないゴブリンがいるなど、思わなかった。
倒せると、思った。
……けれど、……
……幼き拳士、トルス
自分の叫び声で目を覚ます。
荒い息、全身にかいた汗、痛いくらいの心臓の鼓動。けれど、そんなことは気にならないくらいに夢見が悪かった。
幼い子供と、自分と同じくらいの年の少女が、多勢のゴブリンに惨殺される夢。
少女と子供は、トールくんと同じ赤い髪をしていた。
それは、その夢は、まるで……。
『ミコト、声が聞こえたけれど、どうしたんだい?』
控えめなノックの音で、ようやくここがどこか思い出した。
拠点の、自分の部屋。
転移ポータルの子機を設置するのに立ち寄った無人の開拓村から、転移して戻った拠点の、自分の部屋。
その、開拓村で、トールくんに家族になろうと言われて、それで……。
……顔が熱い。悪夢とは違う意味で心臓がうるさい。頬に手を添えると、本当に熱いくらい。
ああもう、どうしようかな?
『ミコト? 大丈夫かい? 寝ているの?』
再度掛けられたトールくんの声で我に返った。
「あ、大丈夫だよ、トールくん。ごめんね。なんだか悪い夢を見ちゃって」
『そう? 大丈夫ならいいんだけど……。ミコトの顔を見ても、いいかい?』
「あ、うん。どうぞ」
心配そうなトールくんの声に、反射的に返事してしまった。
「お邪魔するよミコト」
引き戸を静かに開けて部屋に入ってくるトールくんの表情は心配そうで、心配させて申し訳ないなぁ……と思いつつも、来てくれたことが嬉しくて、頬が緩みそうになってしまう。
「やめて、助けてって叫んでいたから、何事かと思ったけど……。熱は、ちょっとあるね。どうしよう? 朝まで一緒にいようか?」
おでこに、次いで頬に触れた手が少し冷たくて気持ちいい。それくらいに熱が出てしまったのは、悪夢か、それとも別の理由か。
親切で言ってくれているトールくんには悪いけれど、一緒に布団に入ったらドキドキして寝られないと思うんだよね。
「ん、大丈夫。わざわざありがとうね。トールくん」
心配掛けまいと、笑顔で手を振る僕に対して、トールくんは少しの間迷いを見せるも、安心させるように笑顔を浮かべてくれた。
「そうか。分かった。なら、よく眠れるおまじないをしてあげる」
そう言うと、両手を僕の頬に添えて、顔を近付けてきて…………っ!?
「精霊よ、おれの大切な人に、ひとときの安らぎを」
でこちゅーしたあとに、精霊に祈りを捧げたから、おでこに吐息が当たって、その…………よ、余計にドキドキするよっ!
「じゃあ、お休み。今度はきっと、悪夢なんか見たりしないよ」
僕の頭を撫でてから、部屋を出るトールくん。
返事も、ちゃんとできたかどうか……。
……もうっ! ドキドキして眠れそうにないよっ!!
けっきょく、まともにねれませんでした。まる。




