第六十二話:閑話:成功を一つ、積み重ねる。
第一次βテストを終えて。
AEO開発スタッフの視点。
第一次βテストの終了と共に、第二次テストへ移行するための引き継ぎを行い、一旦仮眠へ。
朝、アラームに叩き起こされてから、シャワーを浴びて服をクリーニングに出して、コーヒー飲んで頭をスッキリさせる。
祝賀パーティーまではまだ時間があるので、一旦帰宅してもいいのだが、やるべきこと……というよりは、やっておいた方がいいことは、たくさんある。
社員食堂で朝食を胃袋に詰め込んだら、手土産持参である部屋へ。
スタッフ用のIDカードを読み込ませれば、鍵は開くが……。少し、心の準備をしてからスピーカーのスイッチを入れ、部屋の主に了承をとってからドアを開ける。
八畳ほどの部屋に、ベッド、テーブル、イス、クローゼットに小型の冷蔵庫など、家電製品は充実しているが、病院の部屋のように全体的に白で統一されており、充実しているのに殺風景といった印象だ。
「やあ、赤井開発主任。お疲れさま」
ベッドに腰かけて端末を操作しているのは、βテスト前は六十代だったのに、今は三十代くらいにしか見えない男性。
「ええ、鈴原さん。お疲れさまです」
自分の父親よりも年上の男性に、つい敬語を使ってしまうが、
「こらこら、赤井主任。部下に対しての態度ではないだろう? 上の者がきちんとしないと、組織は弛んでいくのだよ?」
そういうこの鈴原さんも、年長者だが結構フランクに接してくるから、なんというか、どっちもどっちだな。
「勘弁してくださいよ。父親よりも年上の人に、雑な対応できませんて」
「なるほど、それもそうか」
二人して笑い合う。
俺の内心は、なるほどなのか? だけどな。
「それで、その、体の方は?」
「……ああ、ゲーム世界と同じことが出来そうだ」
半分くらいの年齢になったように見える鈴原さんは、手を握って開いてしているがそれで分かるのだろうか?
「分かるよ。元は剣術と格闘技をやっていたからね。以前と違い、力が漲ってくるようだ。今なら、鉄の剣で鉄板を斬れると思うよ」
そういって、鈴原さんは笑った。
ほんの一週間ほど前は、病で痩せ細り寝たきり生活だったというのに。
「……ちゃんと死亡届は出してくれたのだろうか? 家族と別れは済ませたが……ううむ、変なことが気になってしまうな」
「まあ、死亡届の方は確認すればすぐ分かるでしょう。……その、奥さんやお子さん、お孫さんとも?」
「ああ。死ぬ時を見られるのは嫌だからと、……ええと、十日ほど前にね」
勧誘と説得を専門とするスタッフの最終確認のあと、念のために俺が直接確認に行った時は、既に別れは済ませていたか。
休みついでに行っただけだが、休みが取れたときは、ギリギリだったしな。
「その包みは、あれだろう? 社員食堂名物、変なクッキー。何味があるんだい? 食べてもいいかい?」
病気に蝕まれていた以前とは違い身体は若返ったからか、溌剌としていて。
……そこがイラッとくるんだが。
「あの、分かっていますか? 自分の状況を。これから何をするのかを」
「困ったことに、よく分かっているのだよ。同じようにβテストに参加して帰還した女性と、夫婦になるのだろう?」
ちっとも困った風でないあたり、さらにイラッとするのだが。
「アバターの姿を手に入れた者同士、何が出来るか色々試すのだろう?」
「奥さん、お子さん、お孫さんとは、もう会えないのですが」
鈴原さんは窓の外へ視線を向ける。
……が、やはり自然体で、困ったりしているようには思えない。
「……うん。残してきた妻には不義理をすると思っている。しかし、それでも、私は生きることを選んだ」
死にかけだった人の、『生きる』という発言は、なんとも胸を打つものがあり、
「ところで、私の孫と新しい妻との間にできた子が結婚したら、近親婚になるのだろうか? 親等は何親等になると思う?」
本気ともジョークともとれる発言に、戸惑いながらもキレた。
「ちょっとぶっ殺してもいいですかね!?」
「試合形式の練習なら付き合うよ。……それにしても、腰の入ってないへなちょこパンチだなぁ」
「てめぇっ! このっ! 殴らせろやぁっ!!」
ベッドに腰かけている相手に、両手を使って何度も拳を振るうが、片手だけで軽くいなされてしまう。
そのまま一分も続ければ、こちらの体力が尽きてしまう方が早かった。
「……はーっ、はーっ、はーっ。……体の具合はどうっすかね?」
「そこそこ確認できたよ。ありがとう。……全盛期の体力と技量に、スキルのアシストが付いている感じで、なんとも気持ち悪いね」
「そこら辺は、ゲームだとアシストの付く『セミオート』と、アシスト無しの『マニュアル』で分かれてますが、『メニュー画面』の『オプション』、『戦闘』から、『ゲーム操作』をマニュアルにすればいいんですけど……やれます?」
「……それが、困ったことに、メニュー画面が開けるんだ。こちらの世界でも」
だからその、全然困ってない感じがまた、イラッとするのだが。
「向こうの時ならともかく、こちら側ではあまりやらないようにしてください。正式サービスが開始されれば、分かる人も出てくるでしょうから」
「善処しよう」
「ところで赤井くん」
「はい?」
「きみだって、嫁が二人もいるそうじゃないか?」
「いやあいつらは嫁じゃねえし!?」
「私も若い頃はそうだった。他の男になびく様子もないと安心しているうちに……間男に妻を……前の妻を寝取られそうになって初めて、失いたくない。盗られたくない。と思ったものだよ」
「話聞いてくれませんかねぇっ!?」
パンチパンチしてみても、干したシーツに拳を打ち込むよりも手応えがない。
「ふふ。きみもすぐに分かるさ」
「腹立つぅぅぅっ!」
……というやり取りをして疲れたものの、バカ騒ぎして鈴原さんの気が楽になったりはしないかという余計な気遣いは、なんか見透かされてる気がした。
※βテスターレポート (簡易版)
・名称 : 鈴原 耕一
・性別 : 男性
・年齢 : 六十七
・状態 : 病気による余命宣告、寝たきり(詳細は個人プロフィール参照)
※アバター獲得後
・外見年齢 : 三十代
・・補足 : 年齢は半分ほどになると思われる。
・状態 : 健康 (予測)
・・補足 : 外見上は、病気の痕跡は認められない。精密検査の結果待ち。
・スキル :
・・剣術LV3
・・槍術LV2
・・棒術LV2
・・弓術LV2
・・体術/格闘LV3
・・体術/投げ技LV2
・・投擲LV3
・・防御LV2
・・回避LV3
・・身体強化LV3
・・気配察知LV3
・・気配遮断LV2
・・静音LV2
・・気合LV2
・・貫通LV1
・・挑発LV1
・EXスキル :
・・一刀流刀術LV4
・・二刀流LV2
・・抜刀術LV3
・・暗殺術LV3
・・見切りLV3
・・斬鉄LV3
・・縮地LV3