第六十一話:閑話:消えた人
親戚が失踪した刑事の視点。
「どういうことですか?」
「どうもこうもない。この件からは手を退いて、別の案件に移れ。そもそも、人探しは凶悪事件を担当する我々の担当ではない。別部署の案件をいじくり回すなら、先に辞表を書いてもらう」
俺の手から、ある点が共通点する行方不明者のリストを取り上げた上司は、冷たくそう言った。
「だからって、人が消えているんですよ? それも、体に障害のある人や病気で余命宣告されたような人が!」
「だから、自分の仕事を放り出して人探しがしたいなら、辞表を書いて提出しろ。お前がもらっている給料がどこから出ているのか、本当に分かっているのか?」
肩を掴まれて、合わされた視線の強さに、怯む。
「そして、殺人の被害者とその遺族の無念を晴らすのは、行方不明者の捜索に劣るとは思えない」
分かっているようで分かっていなかった話が、ぐさりと心に刺さる。
甥っ子が、友人(恋人? 片方は男子のはずだが……)二人と失踪して、既に七日。両親のやつれ具合は気の毒なほど。しかし、俺は殺人などの凶悪犯罪を担当する部署なので、畑違いで手が出せない。
……出せないわけではないのだが、余所と揉めるのは確かで、辞表を書いたなら警察官としての情報も手に入らなくなる。
可愛いがってきた甥っ子のことだ。何とかしてやりたいが、どうにも身動きが取りづらい。
……それも、言い訳でしかないのだが。
「忘れろ……というわけにはいかないか。身内の話だからな。だが、関わっても揉めるだけで何も良いことないぞ? 同じ警察を信用しろ」
「だからといって……人がですね、いなくなって、消えてるんです」
力になれない悔しさに身震いしていると、上司は気使わしげに肩を叩く。
「警察官の身内が失踪。似た案件複数。事件の可能性あり。向こうにはちゃんと伝わっている。だがな、向こうの人員も限りがあるだろう? 向こうは向こうの仕事をやっている。俺たちも、俺たちの仕事をやらなければ」
頭では分かっていても、中々割り切れるものじゃない。
もう会えないのだから諦めろと言っているような上司の態度に不信を感じるが、だからといって、上司に不満をぶつけてものらりくらりと避けられるだけ。
大きくため息をついて、仕事に戻ることにした。
殺人と失踪が、担当部署が違うことに大いに不満と不安を感じながら。
ある噂があった。
体に障害を持っている人。
重い病気で余命宣告された人。
無職で一人暮らしの人。
その上で、居なくなっても困らない人。困る人が少ない人。
そんな、お金さえあれば、手術さえ受けられれば、健康になれば、元の健康で文化的な暮らしが出来る。そういう人たちの元に、ある人物が訪れるのだという。
その人物の取引に応じれば、健康な体を手に入れられる代わりに、ここではない別の世界に行く事になるという。
鼻で笑うような都市伝説だ。実際は、ネットの海に浮かぶ根拠のないデマの類いだろうが、一人では動けないような病人や怪我人が、誰かと面会した後に失踪する。という事件が、一ヶ月ほど前から少しずつ発生し、それについての書き込みが増えているようだ。
……しかし、すぐに削除されるようで。
だから、今となっては確認のしようもないが。
不安を抱えながらも、同じ警察を信じるしかない。
日本の警察は、世界的に見ても優秀だという話を、信じるしかない。
そして、帰ってきた時には、お帰りと抱き締めてやろうか。
勇乃進、無事でいてくれよ。