第五十四話:閑話:賢者 シオリ
おきて、おきて、ニンゲン。
おきて、おきて、ヤツが来る。
おきて、シオリ、ヤツが来る!
……無口な妖精 インデックス
六日目。
「ん、んん……?」
何かが頬に当たる感触で目が覚めた。
「……いんでっくす……? ふぁ……。なに? どうしたのよ?」
何かは分からないけれど、インデックスが必死になって頬をぺちぺちはたき、起こそうとしてくれていたみたい。
元々朝は強くないので、寝起きすぐでは、ふやけた声とあくびが出てしまう。
そんな私よりも寝坊助なのが勇乃進……いつもは勇と呼んでいる……で、なんとか早起きを頑張って、勇を起こしに行っている。
それも、隣の家だから可能なのであって、家が離れていては……。
バキン、と、何かが壊れたような音。
完全に目が覚めた。隣のベッドで呑気に寝ている二人を乱暴に揺さぶりながら、小声で警告を発する。
「侵入者よ!玄関の閂が壊されたわ。野盗かもしれない! 起きて!」
二人に必死さが伝わったのか、野盗と聞いた段階で目を覚まし、ベッドから飛び出して武器を手にした。
私もステータス画面を操作して、杖を手にし胸当てを装備した段階で、ドアに剣が突き立てられ、内側から掛けた鍵を壊された。
壊れたドアを蹴り開けて寝室に侵入してきたのは……
「おはよう諸君。良い朝だな!」
……なぜか、上半身裸の、エロガキだった。
……あの、何やってるの?
カティとティアの二人からは、小さい悲鳴が聞こえてきて、エロガキは、口元をつり上げていった。
……ああ、もう……。
無言で杖をエロガキに投げつければ、驚いたような顔になって慌てて杖を払い除けていた。
で、私は、
「ふっ!」
気合い一発。股間を蹴りあげた。
「おっ!? ぐふっ!?」
その場に蹲るエロガキを、追加で突き飛ばす。部屋から出るのに邪魔だから。
「二人とも、こんなバカ放っといて、いきましょう」
ほんと、イタズラの度が過ぎる。
相棒が蹴飛ばされたにも関わらず、ケタケタと笑う妖精を無視して、ため息吐きつつ、二人の手を引いて早足で家を出れば、復活したバカがニヤニヤと笑いながら追いかけて来るのが見えた。
「………………シオリ?」
聞きたい人の声が聞こえたのだけれど。
「…………勇!?」
今、このタイミングでは聞きたくなかったなぁ……。
意外なほど小心者な勇のことだから、この状況、絶対誤解するでしょう。
「あ……その、人、は……?」
ほんと、なんでそんな、浮気現場に出くわしたような、絶望的な顔になるのかな?
「エロ魔人。襲われそう。ヘルプ」
「え? その、手遅れじゃ……?」
こっちは、勇が告って来る前から、勇一筋だっていうのに。
「良いタイミング。助かったわ」
引っ張ってきた二人の手を離し、勇の胸に飛び込もうとしたときのことだった。
「《トリックステップ》」
あと一歩のところで、エロガキに横からかっ拐われた。
「人の女に手をだぐふっ!?」
何か言いながら顔を寄せてきたので、踵で足を踏んづけて、肘を腹に叩き込んで、頭突きで顎をカチ上げてやった。いい加減にしろこのバカ。
「え? ……その、人の、女って……?」
状況についていけず、呆然としている勇。
こらこら、大人になったら結婚してくれって言った相手が、傷物にされるところだったんだけど? なんでボケッとしてるわけ?
……だんだん、腹立ってきた。いい加減、目を覚ましてほしい。
ぼーっと突っ立っている勇に駆け寄り、飛び付いて、半開きの口に唇を押し付けてやった。
周囲からどよめきと叫び声が聞こえて、ようやく他にたくさん人がいることに気付いたけど、構うものか。こっちは、煮え切らない上勘違いをしまくる幼馴染み相手に、10年も拗らせてきたんだから。
「勇、あんたからしてくれるのを待ってたけど、もう待てない。待たない。好き。ずっと愛してる」
その返事がまた、腹立つもので。
「栞? 前に俺が結婚してくれって言った時、お金がないやつはダメだって……」
ああやっぱり。何か変だと思ってた。
勇からは、小さい頃から何度も告白されている。
幼稚園の時は、いいよ。大人になったら。と返事した。
小学生の時は、分かった。大人になったら。と返事した。
中学生の時は、就職して収入が安定したら。と返事した。
このバカ、『付き合って』じゃなく、『結婚して』と言うものだから、いつなら結婚できるか現実的な話をしたのに……。
そこを確認しない私もバカだった。
ずっと、付き合ってるつもりだった。
けれど、告白を私が蹴ったって思っているのなら。
……もう、勘違いのしようのないくらい、態度と言葉で伝えてやるから。
もう一回キスをして、しっかりと勇の目を見て、想いの丈をぶつけてやった。
「幼稚園の頃からずっと好きだったわよ。結婚しようと言ってくれて、嬉しかったんだから。小学生の頃、からかわれても離れなかったのが嬉しかったの。中学生の頃、身長も体格も違う先輩に絡まれたのを助けてくれた時、この人と、勇と結ばれるんだと思ったわ。勇が思うより、私は勇のことをずっとずっと愛してる」
「お、俺も、栞のこと、小さい頃から、本気で、ずっと嫁にしたいと思ってたんだ。俺だって、ずっとずっと愛してるよ!」
今度は勇の方から、乱暴にキスをされて、ガチンと歯が当たって、抱き合ったまま痛みに悶絶する羽目になった。
……でも、私と勇なら、これくらい締まらない方がいいのかもしれない。
「バカ、好き、愛してる」
「ごめん、俺も好き。愛してる」
今度はゆっくり、慎重にキスをしてくれた。
周りからは、拍手喝采、口笛の嵐。
「ず、ずるい! あたしだって!」
「うちも、うちも!」
叫びながら駆け寄ってきた知らない少女二人も、離れろとは言わないし引き離そうとしないあたり、祝福はしてくれてるっぽい。
それなら、《正妻》として、余裕のあるところを見せた方が良いのかな?
こうして、
魔物のうろつく森の中、
無人の開拓村で、
知らない人たちに囲まれて、
私と勇は、やっと恋人になった。