第五十三話:閑話:賢者 シオリ
そわそわ、はらはら。
ニンゲン、イライラ。
きょろきょろ、うろうろ。
ニンゲン、イライラ。
ボク、どうしよう?
……無口な妖精 インデックス
五日目。
胡散臭い黒髪の少年と会ってから、イライラが止まらない。
「なあ、少しくらい良いじゃねえか? 俺はオマエの命の恩人なんだぜ?」
このエロガキ、私の周りをうろついては、体を触ろうと手を伸ばしてくる。
で、杖で殴ろうと振ってみれば、杖が当たらない距離まで離れる。
しばらくすると、また近寄って手を伸ばしてくる。
視界ギリギリに陣取り、わざと分かるように、だ。
……ああ、鬱陶しい。
エロガキを追い払うために魔法をぶっ放すわけにもいかず、ストレスは溜まる一方。
まして、ここは魔物の領域の森の中。
エロガキの高めの声も、妖精の甲高い笑い声も、気に障る。
多分、周囲の魔物にも聞こえていると思う。だからこそ、遭遇する魔物の種類も少なくて済んでいる現状に、安堵しているのだけれど。……安堵はしているのだけれど、よく涌いてくるゴブリンは相変わらずのキモさで辟易してる。
エロガキは、現地人の少女二人(ヘソだしの軽装がカティ、ローブ姿がティアと名乗っていた)に戦闘経験を積ませると高みの見物。
本当に危なくなると助けるものの、それ以外は私の体を触ろうとしてくる。
ああもう、イライラする。
それもまた、こちらが反応できるギリギリを攻めてきている感じで、何がしたいのかまるで分からない。
それがまた、イライラする!
全力で逃げてみる? 空までは追ってこれないでしょう?
そう考えたところで、
「オマエさあ、恋人とかいるの?」
エロガキがどこか変な方を見ながら、なんでもないように聞いてくる。
……どういう意図が? まさか、言葉通りじゃないでしょうに。
しばし、無言で様子を伺う。
一分、二分と時間が過ぎて、ただの冗談だったのかと思ったころ。
「いないんなら、あの二人捨ててオマエにするわ。役立たずを二人も飼うの、しんどいんだよな」
こいつっ!!
ブチキレて、全力の魔法をブチ込もうと杖を向ければ、
「ははっ、冗談だっての。オマエ、おもしれーな」
エロガキは、笑いながら肩を竦めてみせた。
……今ので、ようやく確信できた。
この少年、ただからかって楽しんでいるだけだ。
そして、楽しむためなら、外道にだって手を染めるかもしれない。
今はまだ、手を出さずにからかうだけだけれど、エスカレートしないとも限らない。
……というか、確実にエスカレートすることだろう。それも、近いうちに。
だから、早いうちに縁を切って、二人の少女も引き離さないと。
あー……。インデックスに頼んでテレポートしたい。逃げたい。 今はもう、魔力回復薬の素材なんかどうでもよくなってきた。
ただ、今日の目標としている無人の開拓村……既に廃村になっているそうだ……まで、あと少し。せめてそこまでは行きたい。
雨風しのげる場所に帰還用の魔法陣を設置して、さっさと帰ればいいんだ。後の事など知るものか。
……等と思っていれば、
「なあ、オマエ、自分の拠点までテレポートとかできんの?」
ドキリとした。
けれど、顔には出さないように返事してみる。
「さあ? 答えてやる理由がないわね」
「あっそ」
自分から話を振ったくせに、心底興味ないと言うような態度を返されると、ほんと腹立つ。
けど、これも多分、からかいの範疇。言いたいことはそれじゃなく。
「オマエが消えたら、この二人、縛り上げてオークの目の前に転がすわ。きっと、面白いものを見られるぜ?」
……最悪だこいつっ!! 言っていい冗談と悪い冗談があるわよ!!
これで私は、二人の少女を置いて逃げられなくなった。
私がこいつの視界から消えたなら、二人の少女がどんな目に遭うか。
半笑いで、他人の人生をメチャクチャにする宣言とか。こいつ、正気なの?
こんなことなら、三人と出会った段階で街に向かえば良かったかな?
もう少し歩けば目的地まで着くから。そう考えてしまった私がバカだった。
気付かれないようにため息を吐けば、少女型の妖精は、何が可笑しいのか、ずっとケタケタ笑っていた。
※※※
夕暮れ時、森の中では結構暗くなった頃に、元は開拓村だったという廃村へ到着する。
魔物の領域で人も住んでいないにもかかわらず、荒れた様子はあまりない。
丸太で造った柵は、しっかりと固定されていて隙間もないし。
定期的に手入れしているように、雑草もあまり見当たらない。
木製の頑丈そうな門に手を掛ければ、小娘の細腕でも簡単に開けることが出来た。
村内に入れば、簡素な木造住宅が何十軒と確認できるし、見える範囲の建物は朽ち果てている様子はない。
端的に言えば、今すぐ移住することが出来そうなくらい、整備されていた。
これで廃村とか、信じられなかった。
「腹減ったな……。飯食って休みたい」
男にしては高めの声。ぐー、という腹の虫付き。
その場にいた全員が、さすがに苦笑する。
少なくとも、その言葉は今の全員の心の声を代弁していたから。
「適当な家を借りて、食事を取って休みましょう」
エロガキの方は、意図的に視界から外して言えば、少女二人もほっとしながら頷いた。
……で、新たな問題が発生するわけで。
「あの、料理、出来る人いない?」
私は、食材を持っていても、料理が出来ない。正確には、ろくにやったことがない。
カティとティアという、二人の現地人も、料理の経験はあまりないようだ。
エロガキの方は、数に入ってない。どうせ出来ないだろうし。
ならば、疲れてはいるけれど、これも良い機会として料理を経験してみるのも良いことだと思った。
……思ったところで、うまくいくとは限らないわけだけど……。
「ふむ。凄惨な光景だ」
ろくに料理も出来ない女三人を詰ってくるかと思えば、感情が抜け落ちたような、冷静な声。
かまどに火を着けるのに失敗し、
野菜を切ったら指も切り、
じゃがいもの皮をむいたら実の方が小さくなり、
火の着いたかまどに空の鍋をかけてしまい、熱した鉄鍋に水を入れて、もうもうと湯気が出てパニックになり、
水を加えて捏ねておいた小麦粉の玉は、なぜかかまどの火の中に直接ぶち込まれていて、炭になっていた。
三人とも、半べそ。
「ならば仕方ない」
得意そうに腕を組んでふんぞり返るエロガキ。
「俺の、料理スキルが、今! 唸りを上げるぜ!」
……救いの手はここに! と思ったものの、さすがに、お腹をぐーぐー鳴らしながらだと、カッコ悪いわ……。
……で、ここで華麗に料理を作り、出来立ての料理を目の前に何皿も並べたのなら、少しは見直してやってもよかったかもしれないけれど。
何が面白いのか、またケタケタ笑う妖精に材料を渡し、ピカッと光ったら皿に料理が乗っていたとなれば……。
三人して、鼻を高くしているバカとケタケタ笑う妖精に、白い目を向けるのだった。
……料理? 特に美味くもなく不味くもなく、無難でした。まる。ではなく、さんかく。
夕食を済ますと、三人とも眠くなってしまう。
念のためエロガキと妖精を家から蹴り出して、しっかりと閂をかけ、三人とも同じ寝室に入って内側から鍵を掛ければ、ようやく安心してベッドに潜り込むことができた。
すぐさま聞こえてきたのは、誰の寝息か。
荒らされていない村内の痛んでない建物の、ほとんどホコリの積もっていないベッド。
ここが、魔物の領域の中にあるということを、忘れさせるには十分だった。
痛って……。女の癖に、股間を蹴りやがって……。
確かに、今日はふざけ過ぎたと思うし、女三人の中に男が混ざれば不安だろうから、気持ちは分かる。
さすがに、俺でも分かる。
……だからって、躊躇なく股間を蹴り飛ばす女がいるかよ……。
出てけって、突き飛ばすくらいだと思ってたが、やり過ぎたか?
反応が面白いからって、からかい過ぎたんだろうなぁ……。
仕方ない。別の家を拠点にするか……。
……死病を患っていた少年、ユウ。




