第三十三話:閑話:四日目、朝からやらかす。
AEOスタッフルームにて。開発室主任:赤井視点。
(注)連勤四日目。寝落ちしたようだ。
(あー……柔らけぇ……)
目を開けたら、誰かの顔。
誰だったか?
まあ、いいや。
なんも考えられずに、頭を置いたところの温かさと柔らかさを堪能する。
「ーーーー」
何か聞こえた気がするが、まだまだ眠い。
「あと30分……」
「……もう、仕方ない人。あと30分だけですよ?」
……? なんか聞こえた気もするが、許しを得たし、あと30分……。
……あと30分、このやーらかいのを、堪能するぅ……。
「あと、30分だけですからね?」
……? ……ぐぅ……。
目を開ければ、岩崎の顔。
頭に、柔らかい感触。
いつの間にかソファに横になっていたようだ。
体に掛けられたシーツが暖かい。
……全然記憶がないけど。
……で、ちょっと不機嫌な、岩崎の顔。
「……おはよう、岩崎」
「おはようございます、主任。30分はとっくに過ぎましたからね?」
……ぐぅ……まじか。岩崎に膝枕されてたの? 俺。
「……すまん、助かった。また頼む」
ガチなトーンで情けなく言えば、岩崎は顔を少し赤くして、分かりました。と答えていた。
…………えっ? いいの? マジで?
「食事をもらってきていますから、食べてください。……とっくに冷めてますが」
岩崎マジ天使か? いただきます。社員食堂の飯って、冷めてても旨いんだよなー。
「それで主任、食べながらでいいので、報告が」
無言で頷いて続きを促す。
トラブル発生か? 起きるまで待ってる辺り、深刻とは言えないかもしれんが……。
「……その、例の《遊び人》のジョブを選んだ桃田くんですが、いつの間にか《勇者(笑)》にジョブチェンジした上、正体不明のスキルを発動し現地人の少女二人を洗脳しました」
…………はぁっ?
「……岩崎、少し待て。ちゃんと聞こえたが、理解が追い付かん」
「はい、主任。話は続きが。状況は昨日のうちに判明していましたが、今まで報告が遅れたのは、担当の葛木さんが事態の調査をしていたからのようです」
報告書を読んでみると、妖精の意図的な暴走だった。
桃田 祐也。プレイヤーネーム《ユウ》
なんだよ、やらかしたの、うちの開発スタッフのテストプレイヤーじゃないか……。
この桃田、最近……といっても、20年ほど前に発見された新種の難病の遺伝子が胎児の頃から既に確認されており、生まれる前から重度の障害が予想されていたそうだ。
しかし、その事実を頑なに認めようとしない両親によって、事前の治療も拒否され、生まれた時から障害を持っていた。
それでも、両親によって三歳まで育てられ、誕生日に児童養護施設に親権ごと預けられた。要するに、捨てられたのだ。
そんな生い立ちと、難病により、間違いなく20歳まで生きられない上に、体はほとんど動かない寝たきり生活とあって、人体実験じみた初期のテストプレイに参加志願したのには驚いた。
自分はあと数年しか生きられないのだから、テストプレイ中に命を落としても構わないと誓約書まで書いてきたのだった。
しかも、妥協を許さない性格のようで、テストプレイ中にビシバシ指摘して他のスタッフとやりあっていたのをよく見かけた。
だから、だろうか?
ほとんどの開発スタッフは、桃田の頑張る姿を見て、自分の息子や弟などのように扱う者が徐々に増えていったのは。
「これを見てください」
岩崎が報告書の一部を指す。そこには……。
妖精が、桃田の愚痴を聞き、裏情報をリークしている様子が記されている。
また、勝手に生産スキルを使用していくつも装備を作り、《ユウ》に渡していた。対価無しに。
いくら相棒の妖精といえど、対価無しになんでもしてやるのは当然禁止していた。
ミコト嬢が自ら餌付けしてある、ヤタとはまるで違うのだよ。
「あと、こちらを」
それは、なんとも頭の痛くなる話。
正体不明のスキルの正体。それは……
「管理AIの誤認とこじつけ……」
ゲームを管理するためにAIが設置され、既に稼動しているわけだが……。
箇条書きされている項目のいくつかをピックアップしてみる。
・AIでは、人の心理を理解できない。
・現地人少女の、心神耗弱状態から変化した脳波を、AIは、未実装のスキルによるものとこじつけした。
・その謎スキルが実装されているか、調整、検討段階のものも含めてAIが精査。
・謎スキルは存在しないことを確認。不具合の調整も完了。少女二人は、じきに正気に戻る。
「つまり、これは既に解決済みと」
「完全ではありませんが」
まあ、報告ご苦労さんってとこだな。
ゲームはまだテスト段階。こういうことは、まあまあ起こる。
……ただ、この妖精は、排除確定だな。魔法少女のヤツよりヤバそうな雰囲気。
俺のこの予感って、結構当たるんだよな……。
「岩崎」
キョトンとした顔の岩崎を手招き。
無防備に近付いてきたところを、ハグして耳元で感謝の言葉を囁いてやる。
そのあと、膝枕の約束した上で耳を甘噛みしてやれば、顔を真っ赤にして部屋から出ていった。
『昼飯もよろしく』
と社員用トークアプリでナイショモードと呼ばれる個人通信したら、
『分かりました! でも、セクハラしたら訴えますからね!』
と返事があった。
『その時は責任取るから、寿退社していいぞ』
って、含み笑いしながら送れば、
『ふつつかものですが、それでいいのなら』
何て返ってくる。
……えっ?マジで? 岩崎チョロすぎじゃね?
※テストプレイヤーから、同じ要望が大量にありました。
・服が着心地悪い。
・食事が美味しくない。
・拠点と、魔物が出現するフィールドまで、距離ありすぎ。
・武器の耐久値低すぎ。
など、など……。
※要望への返答
・服は、妖精を通じて別プレイヤーに依頼を出しましょう。まずは、先に十分な報酬を用意しましょう。
・食事は、拠点内に食材が無限にあるので、そちらを利用しましょう。
・拠点からの距離に関しては、後に移動手段が解放されます。不便さも、テストのうちです。
・武器の耐久値は、質の良い素材を利用して自分で生産しましょう。




