第三十一話:閑話:初心者冒険者二人組の顛末
あたしたちは、罪を犯してしまった。
それは、決して許されない罪。
いったい、どう償えばいいのだろう?
…………ソナ村のティア
赤髪赤目の彼は、大人しそうに見えて、意外と口うるさい人だった。
たとえば服装。
あたしたちは、先輩冒険者の教えに従って、装備を調えた。
カティの服は、タンクトップにショートパンツ。
装備は、胸当てに指ぬきグローブに革のブーツ。
手足やお腹を露出するのはいかがなものか? とは思ったものの、先輩曰く。
「気配を肌で感じるようになって、初めて一人前の斥候を名乗れるのよ」
だそう。
トールさんが指摘したのは、まさにそこ。
「毒虫や鋭い棘のある森を歩くのに、肌を出すのはいけない。女の子なんだから、身体に傷が残ったりしたら、もったいないよ」
……はい。カティと二人で、顔を真っ赤にして固まりました。
あんな暴言吐いたすぐあとなのに女の子扱いしてくれることも嬉しかったけれど、いやらしさが全くなく、全力で心配しているって雰囲気が伝わってくる表情と声。ほとんど一目惚れといってもいい相手から、そこまで心配されていることが、何より嬉しかった。
……その、まあ、あたしもしっかりと指摘されたんだけど。
「街や踏み均された街道を歩くんじゃないんだよ? 足元が不安定な森を歩くんだよ? そんな革靴じゃなく、高くても丈夫なブーツを履いた方がいいよ」
痛いところを突かれて、顔をしかめた。
確かに、外の依頼を受けるなら、買い換えようと思っていた矢先のことだったから。
「調査依頼は、速度と正確さが大事だよ。往復三日の予定だけど、準備は必要かい?」
「……えっと、すぐ出発なんですか?」
つい、聞き返してしまう。速度が大事って言われたのだから、すぐ出発したいのだろう。でも……。
その時、あたしたちが色々教わった女性冒険者が、トールさんになにやら耳打ちしていた。
ほとんどキスしているような近さに、カティと揃ってムッとするものの、トールさんは一つうなずくと、
「うん、さっそく出発しよう」
あ、あれ? 準備は……?
※※※
はっきりと分かった。これが冒険者か、と。
あたしたちは、まだ冒険者ではなかったんだと。
トールさんのリュックには、なんでも入ってた。
三人分の食事、三人分の水、三人分のマント。そして、焚き火用の燃料。
今は夜。調査する森の少し手前。
ずっと草原を進んでいたので、薪なんて手に入らないし、水場なんかなかったので、水なんて手に入らないし、獣を追っていたわけではないので、食料なんて手に入らないし。
それらが全部、たった一人のリュックの中に入ってたわけで。
武器くらいしか持っていないあたしたち。
とってもみじめな気分。
せめて、準備する時間、欲しかったなぁ……。
※※※
二日目、森の中。
一つだけ教えてもらったハンドサインを確認して、動きを止める。
大きな木に身を隠して、その先をのぞきこんでみると……。
「ひぃっ!?」
小さいけれど、はっきりとした悲鳴が勝手に口から飛び出した。
視線の先には、ゴブリンの集落。
粗末なものとはいえ、テントのような住居がたくさん。いったい、何体居るのだろう?
いや、悲鳴を上げた理由はそこではなくて。
ゴブリンどもが、人間を解体していたんだ。まるで、シカやイノシシを解体するように。
その、解体されている人と、目が合った気がして、思わず悲鳴が漏れてしまったのだった。
カティと二人揃って、トールさんの方を向く。
そのトールさんは、忙しなく周囲に視線を向けていた。
……あ、調査依頼……。
まさに、森の中に作られたゴブリンの集落を調査する依頼。
それを、今まで、忘れていた。
あ、あたしも……。
「よし、逃げるよ。全力後退」
その言葉に、無意識のうちに振り返り、全力で走り出した。
鎧や兜を装備したゴブリンと、殺された人から、全力で、逃げ出した。
あんな風に、殺されるなんて、絶対にいやだ!
※※※
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「は、はぁっ、……はひ、ひぃっ……」
「ふぅ、ふぅ。……追手は、無いみたいだ」
どれほど走ったか。カティと二人、地面に膝を突いて息を整える。……いや、疲れすぎて、息が整わなくて苦しい。
息をすればするほど苦しくなっていくような気がする。
「二人とも、これを飲んで」
差し出されたものを、水と思って勢いよく飲めば、苦味と、僅かなとろみを感じる。そして、疲れた身体に、力が漲ってくる?
「こ、これ……ポーション!?」
「しっ! 静かに。森の敵はゴブリンだけじゃないんだよ?」
ごめんなさい、と小さく謝罪。
カティもまた、あたしと同じように疲労が消え、息も整ったみたい。
トールさんは、二人の様子を確認したからか、表情が緩んだ。
……けれど、またすぐに険しい表情に。
周囲を見渡し、何かを諦めたように、大きく息を吐いていた。
「あ、あの、なにか?」
「…………二人とも、街の方角は、あっちだよ。合図したら、決して振り返らず、脇目も振らず、全力で、命がけで走るんだ。いいね?」
「何? なにが?」
「囲まれている。枝葉の揺れる高さから、おそらくオーク。数は十ほど」
「……ふぇ?」
オークというと、ゴブリンと同じようにこの森のあちこちで集落を作り、増減を繰り返す、二足歩行の豚のような魔物。
怪力が自慢で、人間の女を拐って、増えるための苗床にすることで有名だ。
……つまり、あたしたちは……。
「いくよ。……今、走れ!」
最悪を想像して、勝手に絶望して、反応が遅れた。
けれど、カティはトールさんの声に反応すらしていなかった!
こんなところで、豚に捕まってメチャクチャにされながら殺されたくなんてない!!
カティの手を掴んで立たせて、そのまま手を引いて走り出す。
トールさんが先行し、正面から現れたオークの首を剣で一突き。一体は倒したようだ。けれどすぐに、横から殴り飛ばされてしまう。
「トールさん!?」
一つ年上の、冒険者の先輩に手を伸ばす。しかし。
「構うな! 行けっ! 後で必ず追い付くから!」
トールさんの言葉を信じ、一心不乱に走る、走る、走る!
「豚ども、おれが相手だ! こっちむけえぇっ!!」
オークたちを引き付けるトールさんの声が、まるで断末魔のように聞こえてしまった。
けれど、足は止めない。
掴んだ情報を、絶対に街へ届けないといけないから。
……そのために、一目惚れした初恋の人を犠牲にしなければならないとしても。
新人とはいえ冒険者としてのちっぽけなプライドと、親友の手の温度だけが、今のあたしを支えていた。
……そして、気付かないうちに、罪を犯していたんだ。
仲間を見捨てて生き残る、という罪を……。
※※※
どれほど走ったのか。やがて、二人とも走るどころか歩くことすらできずに、地面に倒れ伏してしまう。
もう、何もかも忘れて、眠ってしまいたかった。
(……トールさん……)
自分の命を捨てて、あたしたちを逃がしてくれた人のことを思う。
(……ごめん……ごめんなさい……)
あたしは、ここまでのようです。
息が乱れて呼吸が苦しい。
指一本、ろくに動かない。
生きたまま、身体が、冷たくなっていく気がする。
……死を、覚悟した、その時だった。
鱗粉のような光を溢して飛ぶ、小さい何か……妖精!? と、黒髪の少年が目に映ったのは。
(誰……?)
でももう、声もでない。
何か言っているようだけど、耳も、不規則な呼吸がうるさくてまともに聞こえない。
……だというのに。
口に無理矢理なにかを差し込まれ、苦い液体を飲み下す。
ポーションを飲まされていると気付いたときは、二本目を飲み干した時だった。
「何があったか、説明できる?」
こんな時、いつも率先して会話していたカティは、頭を抱えて蹲って、「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝り続けていた。
気持ちは分かるので、知らない人と話すのは苦手だけど、あたしが説明するしかなかった。
「……というわけなんです」
先輩冒険者を見捨てて逃げてきた。そう説明しながら、涙が止まらなかった。
「あなたは、強いですか?」
聞かずにはいられない。
「強いなら、オークどもを皆殺しにしてください。…あの人の、仇を討って……」
あたしもまた、蹲って地面を殴打する。
悔しくて、悔しくて悔しくて堪らない。
あたし自身の、弱さが憎い。
惚れた人を犠牲にして生き残る、あたし自身が憎くて堪らない!
しばしの間、大声で泣くのを止められなかった。
泣きすぎて、声も枯れた頃。
「ああ、分かった」
突然、声をかけられた。
「あの森のオークどもを、この俺が皆殺しにして、その人の供養としよう」
黒髪の少年の自信に満ちた声と、
「俺になら、それができる。なぜなら、俺は、《勇者》だから!」
真夏の太陽のような、ギラギラとした表情。そして、
「そうよ! ユウは強いんだから! オークなんて、ヤっちゃえーーーっ!」
無邪気な妖精が、拳を突き上げる。
きっと、この人ならやりとげるだろう。
なぜか、確信があった。
そして、自分でもおかしいとは思うけど、この少年の自信に満ちた声を聞いていると、胸が高鳴るのを自覚していた。
トールさんを死なせたばかりなのに、あたしは、この人のことを好きになったの?
…………それは、いったい、どれほど罪深いことなのだろう…………?
スキル《※※のカリスマ?》が発動しました。
スキルの変則的発動を確認。対象に状態異常が付与されます。
カティ : 《憔悴》 → 《洗脳》、《魅了》
ティア : 《憔悴》 → 《洗脳》、《魅了》