第三十話:閑話:初心者冒険者二人組の話
田舎者だけれど、女にだってプライドがあるんだ。
あんなやつなんかに、頭下げたりするもんか!
…………ソナ村のカティ
十五歳となったカティとティアは、村を出て最寄りの街へと行き、冒険者となった。
田舎村ではあるけれど、裕福な暮らしをしてきたあたしとティアの二人は、毎日毎日同じことを繰り返す日々に飽きていた。
春に畑を耕し、
夏に川と森の恵みを集め、
秋に実りを収穫し、
冬は縄を結う。
毎日毎年、同じことの繰り返し。
田舎村では、成人となる十五歳になれば、女は村長の選んだ男のものになる。
そうでなくとも、成人となった段階で相手がいない女は、訳有りということにされる。
それは、家の恥となる。
だから、村長に先んじてあてがう男を親が決めるのが習わしだった。
村での生き方に飽きていたのは本当。けれど、親に恥をかかせるような仕事はしてないつもりだった。
……だというのに、親が選んだ男は、女を物のように思っている、最低の男だった。
女に言うことを聞かせるために、暴力を振るうようなやつ!
あたしは、あたしたちは、あんなやつに組み敷かれるために、踏みつけられるために生きてきた訳じゃない!
だから、あたしは、一番の親友のティアと一緒に、田舎村を出て、街へ行く決意を固めた。
もう、二度と帰るまい。
ティアと二人、くそったれな故郷に別れを告げ、いざ、新天地へ……!
※※※
街での生活は、金がかかって大変だったけれど、とても充実していた。
日銭を稼ぐために、あたしたちはまず冒険者ギルドに顔を出した。
故郷の村にはたまに冒険者が来ていたけれど、いいことばかり聞こえてきて、結局何をするものかは分からなかったけれど、自由があった。
今日とは違う明日があった。
毎日、違う仕事をしても良かった。
少しの金を払えば、適性を調べた上で、冒険者ギルドの先輩から稽古をつけてもらうことが出来た。
あたしは、弓とナイフ。
ティアは、杖と魔法。
稽古をすれば、少しずつ上達するのがわかった。
あたしは、矢を射れば的に当たるし、ナイフを振るえば筋が良いと誉められた。
ティアも、杖での接近戦と、魔法! 魔法だ!
特別な才能が必要とされる、魔法。
ティアは、そんな、特別な才能があったのだ。
あたしは、自分のことのように喜んだ。
だって、親友にして相棒が、魔法を使えるんだ!
冒険者としても引く手 数多。
貴族に見初められることだってあるかもしれない。
また、違う明日が見られるんだ。
こんなに嬉しいことはない!
※※※
冒険者として日銭を稼ぎ、故郷の村での蓄えを切り崩して稽古をつけてもらう日々も、一ヶ月。
見るもの全てが真新しい都会の風景に飽きたわけではない。けれど、そろそろ街の外での依頼を、討伐依頼をこなしてみたい。
そんな欲求を、押さえられなくなってきた。
それは、ティアも同じのようで、最近あたしにうかがいをたてるような視線を送ってきている。
今日とは違う明日が見たい。
二人の思いは、同じだった。
※※※
「話が違う!」
紹介されたのは、赤い髪に赤い目の、同年代の少年。
優しい目、穏やかな顔、年下の娘相手に丁寧な挨拶。
どれをとっても、好感しか持てないような男の子。
田舎者のあたしからすれば、くたびれた服装さえしっかりすれば、一目で惚れていたかもしれないくらい。
顔立ちじゃない。背格好でもない。装備の良し悪しでもない。
この人だ。この人が良い。
一目見て、そう思った。
それは、ティアも同じみたい。
だからこそ、赤髪に赤目のその少年は、ダメだった。
一目惚れした初恋の相手が、《汚れた赤》だなんて、断じて、認めるわけにはいかなかった。
赤は、血の色。罪の色。
赤目は、血に刻まれた、咎人の消せない烙印。
赤髪赤目は、《汚れた赤》は、生まれながらにして、咎人の一族。
故郷の村では、そう教え込まれて生きてきた。
皮肉にも、決別した故郷の教えに、あたしは囚われていたんだ。
だから……。
「あたしは、女の先輩を頼んだんだ! こんな、こいつみたいな《汚れた赤》なんか、頼んでない!」
……ざわっ。
ギルド内の、空気が変わった気がした。それも、あたしたちにとって、悪い方向に。
「6年も冒険者やってて、ランクが2 !?それに、こんなボロい服着て、稼げてないって証拠じゃない! こんなやつに教わることなんか無いっ!!」
……なんも知らないで、バカなやつ。
誰かがそう呟いた。
「……謝った方がいいと思う……」
ティアもまた、小声で呟いた。
……分かってる。あたしが間違ってるって、分かってる。でも、受付の人は、女の人を紹介してくれるって、約束してくれたんだ。なのに、紹介されたのが、よりにもよって、《汚れた赤》の少年。
ぎっ、と、なんの罪もないはずの少年を睨み付ける。
怒って怒鳴って殴り付けて。そうやって、あたしの罪を罰して欲しかった。
…………なのに。
「ナリエさん、やっぱり、今からでも他の人を紹介してあげた方がいいですよ」
「トールくん、あなた……」
「いいんです。そんな風に教えられて育つ人もいるって、知ってますから。おれは、気にしてません」
気にしてないって言うなら、
「きみも、ごめんね? すぐに、もっといい人に変わってもらうから、少し待っててね」
どうして、そんな寂しそうに笑うの?
結局、ティアに説得されるかたちで、あたしは赤髪の少年を受け入れることとなった。あたしは膨れっ面のままで一言も謝らなかったけれど。
あとになって悔やんでも、遅い。どうにもならない。
そんな当たり前のことを、彼から教わることになるなんて…………。
あたしはいったい、どう償えばいいんだろう?
…………ソナ村のカティ




