第三話:なんだこれ?
自らの足で、新たなエデンに降り立つ。
木製の扉を通れば、一瞬の浮遊感。直後に着地。まるで、身体が重力を思い出したような感覚。
曖昧だった身体が、はっきりとした輪郭を得たというか。
ああ、今なら分かる。
さっきの曖昧さは、夢の中で目を覚ます感覚。
今の鮮明さは、現実で目を覚ます感覚。
なるほど、納得だった。
周囲を見渡せば、広く大きな木造の建物内。
木の匂いがする薄茶色を基調とした落ち着いた雰囲気で、個人的には好印象だ。
『そこに鏡があるから、自分の姿を確認しな』
クソな羽虫が、顎をしゃくる。
せっかくの妖精さんも、表情と態度で台無しだ。しゃくれてしまえ。
枠は木製で、花や木の彫刻が見事な、大きな姿見に僕の姿を映す。
……いや、分かっていたよ。実は、この部屋というか建物に来てから、違和感が凄かったから。
でもさ、言わせてくれないかな?
「なんだよ、これ……」
姿見に映るのは、どこかで見たことがあるような顔立ちの、少女。……少女。
おかしい。僕は男だ。ふざけるな、責任者出てこい。
色々頭に浮かぶが、声など出てこなかった。
ため息一つ。
仕方ない。目の前の現実に向き合うとしますか。これはゲームだから現実とは言わないかもしれないけど。
改めて、姿見に映る自分のアバターをよく見る。
たれ目がちの優しげな目、
低すぎず、形のいい鼻、
日本人形のように整った和風の顔立ち。
長く艶やかな黒髪は胸元まで伸びており、
元々小柄で細身だった身体は、さらに細く頼りなく。
肩幅は狭く、
腕は細く、
腰はくびれていて、
しかし、胸はすべすべの手に収まらないほど大きく。
僕自身の理想とする女性像。亡き母の若かりし頃を写し取ったかのような、大和撫子な和風美少女がそこにいた。
半袖短パンの薄い上下姿の自分の姿を、両手で隠すように抱き締めた。
「……うううっ。なんでこんなことに……」
半泣きになれば、鏡の中の自分も目に涙を浮かべる。
……これが、ゲーム? ヴァーチャル?
そんな疑問も浮かぶものの。
『キャラメイキングで何も弄ってないんだから、それがお前の姿だろ』
何言ってんのお前?
そんな言葉が聞こえてきそうな呆れた声。
認識のずれに、違和感が強くなるけど……。
「……痛い……」
ほっぺをつねると、ちょっと痛い。
『痛覚半減は効いてるか?』
これで半分なようだ。
強くつねったから、実際は倍痛いんだろうね。
痛覚の再現は驚いたけど。
技術は、ここまで進歩したんだな、と感心する。
……それより、恥ずかしいんで何か着るのください。
妖精さん、お願いします。
僕は、男だよ? 本当だよ?
男子にガチで告白されたこともあるけど。
女子の制服を無理矢理着せられたら、女子寮の管理人に気付かれなかったけど。
男子トイレに入ると、たまに女子トイレに押し込まれるけど。ちゃんと男子の制服着てるのに。
そのときの男子、めっちゃ必死だけど。
もう間違えるなよとか言われるけど。
だけど、僕は、男だよ? 本当だよ?