第二十三話:いらっしゃい。
森から、獣や鳥が姿を消した。
猟師が肉を獲れなくなった。
海や川から、魚が姿を消した。
漁師が魚を獲れなくなった。
畑に植えた麦が、芽を出さなくなった。
農夫が作物を採れなくなった。
日照りが続き、森に自然と火が着いた。
長雨が続き、川が氾濫した。
食べるものが、なくなった。
前期文明・ラグナの書 : 転の章、五の節
全く採取しないと、帰り道は早いものだった。
トールくんは付与魔法やジョンとメグのコボルト二体に驚いていたけれど、すぐに気にすることをやめたみたい。
それよりは、《デミ・スレイヤー》は長剣に分類され、これまでトールくんが使っていた鉄の剣より少し長い。
そのためか、僕より少し先を行くトールくんは、鞘をしっかり握っていて、走りにくそうに見える。
……うーん、鉄の中剣を渡せば良かったかな? でも、装備付与してないし、能力が断然違うからなぁ……。
走りながら、足元に気を付けながら悩んでいると、トールくんが隣に並んで、
「どうしたの? ミコト? なにか悩みごと?」
安心させるように、微笑みながら問いかけてくる。
……うーん、年上の包容力といいますか、声をかけられるだけでドキドキするけど、なんか落ち着くなぁ……。
って、なに考えてるんだろうね? 僕は。
「にゃっ、ん、でも、ないよ?」
ちょっとつっかえる。
付与したから、体力は問題ないはずだけど、走りながらだと上手くしゃべれないかも。
「少し休もうか?」
トールくんは、全く息を乱していないというのに、僕はと言うと、肩で息をしているのに気付いた。
無言のままだけれど、ヤタも心配そうにこっち見てるし。
今朝、拠点から森に向かうときと違って、帰りはだいぶ疲れてる? 付与してるのに?
なんとなく、ステータスを見てみれば、スタミナがだいぶ減っていることに気付いた。
あれー? おかしいなー?
理由に思い至らず、首を傾げていると、ヤタからのネタバラシがあった。
『ミコト、おまえ、あまり休んでないだろ? 付与魔法は、無限に体力を供給できると思うな。体を動かした分、腹は減るんだ』
きゅぅぅぅ……
とっさにお腹を押さえる。そして、顔が真っ赤になる……。
は、恥ずかしい……。絶対聞かれたよ……。
おそるおそるトールくんに目を向ければ、お腹に手を当ててちょっと恥ずかしそうに笑って、頭をかいていた。
「ミコト、お腹減ったね」
聞かなかったことにしてくれたみたい。
木造二階建ての、神社のような建造物。
正方形の広い敷地の四隅には、お地蔵さまのような石像が配置され、入り口には、門の代わりに朱塗りの鳥居がそびえ立つ。
お城のような豪華さや絢爛さはないけれど、厳かで落ち着く範囲気がある。
建物の周囲には、造りかけの薬草畑が点在しており、物足りなさもあった。
敷地の境界に塀などはないけれど、レイドボスですら侵入できない結界が張ってあり、絶対安全を保証してくれている。
それが、僕の拠点。今の僕の帰る場所。
なんとなく、トールくんと手を繋いで鳥居をくぐり、「ただいま」と言うと、なんだかほっとした。
建物までもう少し歩くけれど、まずはご飯かな。その前に、スキル《洗浄》で汗と汚れを落とさなきゃ。
……あ、今の僕、汗臭くないよね……? だ、大丈夫だよね……?
トールくんと手を繋いだまま、巫女服の袖をくんくんしてみる。
なんか、臭う気がする。僕の体臭?
突如挙動不審になった僕を見かねてか、トールくんは僕の長い黒髪を一房手に取り、匂いを嗅いでいた。……なんで? なにやってるの?
「ミコトの髪、花のような匂いがする。いい匂いだよ」
にゃわーっ!? なに言ってるのかな!? ありがとうございます!?
これ以上は、僕の心臓がもたないよ!
《洗浄》!《洗浄》!
スキル《洗浄》で二人とも綺麗にしてからトールくんの手を離して、招いたお客様をほっぽりだして、拠点に逃げ込んだ……ところで気が付いて、入口の引き戸から顔だけ出して、なんとか声を絞り出した。
「こ、ここが、僕の家なんだ。……どうぞ、いらっしゃいませ」
「ミコトは、すごいところに住んでいるんだね。……それでは、お邪魔します。お姫さま?」
わ、わーっ!? もう! もうっ! なんでそういうこと言うかなっ!?
胸に手を当てて一礼する様子が、とっても様になってるよ! かっこいいねっ! ドキドキするよっ!! もうっ!!
《妖精の呪い》により、人は、次々と死んでいった。
咎人の末路は、なんとも呆気ないものだった。
もうじき、人の世は終わる。
…………そう、誰もが思っていた。
妖精に、自然に、世界に、祈りを捧げる一族以外は。
前期文明・ラグナの書 : 転の章、六の節