第二十二話:教えてほしい
妖精は、一つの答えを出した。
より、罪が重いのは…………
前期文明・ラグナの書 : 転の章、三の節
「ねぇ、きみ? 僕の名前は、ミコト。きみの名前、教えてくれないかな?」
「……分かりました。おれの名前は、トール。この、大森林に造られた、第六開拓村の、トーマスの息子です」
膝を付いたまま、右手を左胸に添えて言う仕草は、どこか騎士のような厳かさがあった。
出自を語る真剣な表情に、またドキッとしたけど、問題はそこじゃなくて。
「では、トールくん、年はいくつ?」
「はい、16です。じきに、17になります」
まじかー。いっことはいえ、年上だよ。
「僕はまだ15。僕の方が年下。だから、敬語やめて? お願い」
「……いえ、その、そういうわけには……」
予想通りの答え。なら……
「僕は、トールくんの命の恩人だよ? その僕からのお願い、断る?」
僕の顔は、真剣そのもの。
「それは、しかし…………いや、分かったよ、ミコト。これでいい?」
トールくんの真剣な表情も崩れ、優しい笑顔になって、僕もほっとする。
「それで、次はね……これ。この剣、トールくんのもの?」
アイテムボックスから、《粗末な鉄の剣+2(霊)》を取り出す。
この剣は、正直いつ手に入れたか分からない。
アイテムボックスの表示を入手順にしたところ、オークが大量に手に入る前にこの剣があった。
だからたぶん、トールくんのところへ駆け寄る時に、邪魔なオークと一緒にアイテムボックスへ放り込んだんだと思う。
刀身が曲がってしまっているけど、手入れの行き届いた鉄の剣は、刃こぼれも錆びもない。その上……
《粗末な鉄の剣+2(霊)》
未熟な鍛冶師によって造られた粗末な鉄の剣。
しかし、丁寧に手入れされ、長く使い込まれるうちにスピリットが宿るに至っている。
剣にスピリット、つまり、付喪神が宿るほど、長く大切に扱われて来た、ということ。
トールくんが気絶している間にアイテムボックスの中のこの鉄の剣を発見したとき、閃くものがあった。
完成形、必要素材、生産方法など、全てが頭に浮かんでいた。
「うん、おれの剣だけれど……さすがにもう、使えないな……」
長く使ってきたんだと思う。
その分、愛着もあると思う。
だからだと思うけど、曲がってしまった愛剣を見て、しょんぼり気落ちしてしまっていた。
「これ、この剣、僕がもらってもいいかな? 代わりといってはなんだけど、こっちを使って欲しい」
アイテムボックスから《デミ・スレイヤー》を取り出し、トールくんに押し付ける。トールくんは慌てて受け取ったけれど、鞘に収まったままの魔剣を手にした段階で、何かに気付いたみたい。
「これは……まさか……魔剣?」
「その上で、お願いがあるの。聞いてくれる?」
突き返して来そうな雰囲気を感じて、慌てて言葉を重ねる。
受け取れないなんて言われたら、素手で危険な森を歩かせることになっちゃうよ。それはダメ。
僕も必死な顔をしていたと思う。
トールくんも、また真剣な表情で、「分かった」と言ってくれた。
ほっ、と、軽く一息ついてから、お願いの内容を話す。
「あのね、僕、これから拠点に帰るんだけど、護衛をお願いしていいかな? 報酬は、その剣と、お金と、食事と、あとは応相談で」
両手いっぱいに銀貨と銅貨を取り出す。
少ないかな? やっぱり金貨がないとダメかな? なんて思いながら顔をあげれば……。
開いた口が塞がらない。
そんな言葉通りな様子のトールくん。
しばしの間、お互い無言で見つめ合う。それでも、口は動いても言葉には出来なさそう。
「ダメ? これじゃ足りない? 他に出せるのは……」
飛竜爪の小太刀辺りはどうかな? と思っていれば、
「いやいや、待って、ミコト、待って! 多すぎるから!」
トールくんが言うには、
・剣は借りるだけ。
・トールくんの冒険者ランクが低いので、食事付きなら一日当たり銀貨2~4枚程度が相場。護衛の内容次第で変動。
・そもそも、助けられたのはトールくんの方なので、報酬は食事で十分。
だそうな。
でも、それだと僕が納得いかない。
詳細は後で詰めるとして、
・剣は、スピリットの宿った剣と交換。
・一日当たり銀貨4枚。
・食事、風呂、一部屋付き。
・護衛以外も仕事を手伝ってもらう。
これでどうだ、と胸を張れば、
「いやその、食事に風呂に一部屋借りれるとか……。銀貨一枚でも多すぎるから……」
「じゃあ、一日銀貨三枚」
「多いってば。銅九十」
「銀貨二枚、銅貨五十枚」
「借りる剣がなまくらだったら、話は別だけれど。銅八十」
「銀貨、二枚ぃ……」
「おれの冒険者ランクがもう少し高かったなら、受け取らないと他の人の迷惑になるんだけど……。銅七十」
「ううううう……」
まさかの、報酬を受け取る側の値下げ交渉に、僕、涙目。
そんな僕を見て、ウッとのけぞるトールくん。
狙ってやった訳じゃないけれど、効果は抜群だったみたい。それに……
『お前らいい加減にしろ! ほんとに日が暮れるぞ!』
我慢の限界になったヤタから、雷落とされた。
真っ暗になってから走るのはいやなので、泣きついてみようかな?
「ねぇ、トールくん? 話はあとにして、うちに来て? 日が暮れてからの移動も、野宿も嫌だよ?」
手を握って、目を合わせる。身長差があるから下から見上げる形になるけれど。
「……はぁ、分かったよ。妖精様を本気で怒らせたくないし、命の恩人のお願いだからね」
ため息吐いてはいるけれど、ようやく折れてくれた。
それなら、日が暮れる前に拠点に帰ろう。
ヤタ、ナビよろしくね。
妖精は宣言した。
我らを捕らえる赤髪赤目共、薄汚い《汚れた赤》共。
安全な場所で指示を出すだけの金髪碧眼共、《卑劣な金》共。
貴様ら、諸共に、《妖精の呪い》を掛けてくれようぞ。
我らの、世界の、苦悶を、悲哀を、憎悪を、怨嗟を、その身に受けて、滅べ、人間共。
…………世界の終焉が、始まった。
前期文明・ラグナの書 : 転の章、四の節




