第百九十二話:帰り道
「では、こちらが、王命に従い開拓村の独立を許可する書状で、こちらがバラン子爵家当主および《北の街》領主である私ベックのサインと印璽付きの、不干渉の誓約書だ。税も取らぬと明記してある。開拓村の申請書は……」
「それくらい代理人に運ばせろ。元は子爵家のしくじりだ。自分たちの尻ぬぐいを他人に押しつけるな」
熊みたいな領主のベックさんが、なんかチラッとこっちを見たかと思えば、兄で冒険者ギルドのマスターなザックさんは、熊さんを叱るように言う。
あ、開拓村の申請書は僕が王城に持っていくように仕向ける雰囲気だったのかな?
まだヤタの怒りが静まりきっていないのに、よくまた挑発みたいなことやろうとするなあ。
書類は受け取ったから要件は済んだということで、あとは帰宅しようかというときに、執事の人が一服盛った下手人だという太った料理人と年嵩のメイドの人を連れてきた。
「指示などした覚えはないのだが、この者たちが勝手に茶に混ぜものをした下手人だ。後で首をはねて、そちらに贈ろう」
……なんで、生首を贈りものにしようとするんだろうね?
僕からすれば、切り落とした人の首なんて嫌がらせにしかならないのに。
青ざめているわりにはずいぶん控えめに命乞いをする2人を前に、ヤタにちょっと提案。
ニヤリと嗤う妖精さんはそれを受け入れてくれて、さっそく実行した。
『呪われろ』
ヤタのトンボのような透き通った羽から、キラキラ光る鱗粉のような光が下手人だという2人に飛んでいって、……素通りして、執事の人にまとわりついてから風に吹かれるように薄く広がって、子爵家の屋敷全体になじむように溶けて消えた。
「……な、なぜだーーーっ!?」
理由はともかく妖精に呪われたことは理解したらしく、熊さん絶叫。
『茶に薬を盛った下手人と指示した者に呪いをかけた。つまり、真の下手人はそこの侍女と料理人ではなかったということだ。……貴様ら、妖精を謀ってただで済むと思うなよ……?』
ノリノリで嗤うヤタが満足そうなので、それはそれでいいとして、実家が妖精に呪われたかたちのギルマスはどうしているかと思えば、
「……バカが……。自業自得だ……」
心底くだらなさそうに首を横に振り、鼻を鳴らしていた。
子爵家の屋敷をあとにして、馬車で揺られながら僕の胸元でくつろぐヤタに聞いてみる。
「……で、結局のところ、どんな呪いをかけたの?」
『毎日ランダムで数本ずつ毛が抜けていく呪い』
「誰に?」
『屋敷そのものに』
本人たちには効果ばつぐんでも、他の人が聞けば笑い話になるような呪い。
僕が提案したちょっと面倒かもしれない呪いは、初対面の人に一服盛るような人たちをこらしめつつ、ヤタの機嫌も直す一石二鳥なものをお願いした。
きっと、領主の屋敷で過ごす人たちは、妖精を怒らせた代償として、効果を実感できるかどうかもよく分からない呪いに苛まれるのだろう。
呪いが何をもたらすのかも正確には分からないまま、ストレスを抱える日々。
それは、毛が抜けていくなんていう呪いよりも効果的に、屋敷の人たちを追い詰めていくと思う。
その結果、職を離れたり、病気になったりで、屋敷を去っていく人もでてくるだろう。
「……んー……。でも何日かで効果が切れるならともかく、これから毎日ずっとだと最終的にはやりすぎだと思うんだよね」
『それはそうだろう。だから、真の下手人が心の底から反省したなら、呪いは即解除されるようにした』
「……ずっと解除されなかったとしたら、ろくに反省してないってことになるんだよね……」
「それならそれで、痛い目みればいいのだよ。領主だなんだといって、恩恵や利益ばかりを求め、人の道から外れるようなことばかりするからそうなる」
僕とヤタのやりとりを見ていたギルマスのザックさんが、フンッ、と鼻を鳴らす。
「身内のことで実に恥ずかしい話だが、《大森林》に開拓村を作ると国に申請し、助成金のほとんどを懐に入れて私腹を肥やし、開拓団に任命する体で犯罪者や浮浪者をまとめて街の外へ追い出し、ろくに支援もせず失敗させてきたのが父の代まで幾度かあって、それに習って10年ほど前もまた開拓団という名で国から金をむしり取り犯罪者や浮浪者たちを街から追い出したのだ。人の命を軽んじてきた報いくらいは受けるべきだろう」
そして、ザックさんはトールくんを見て、続けた。
「そして私も、その子爵家ゆかりのものだ。国から不当に突かれる謂れはないが、開拓団ゆかりの者からなら、報いを受けても致し方ないとは思っている」
しばし、トールくんとザックさんの視線が絡む。
心臓の音がうるさいと感じるほどの緊張感を伴った沈黙。
思わず隣に座るミナトの手を握って事態を見守る中、先に口を開いたのは、トールくんだった。
「あなたが報いを受ければ、父や母、姉や弟、かつて第六開拓村で生きた家族やその仲間たちは、生き返りますか?」
「…………いや、それは、無理だ。それだけは、なにがあっても、どんな手段をもってしても、覆らないことだ」
「であれば、ご自分の罪の意識を和らげるために、おれたちを利用するのはやめてもらいたい。仮にその時、その場所に、完全武装の兵が100や200居たところで、あの結果を覆すことはできなかったでしょうから」
明確な拒絶を伴った厳しい言葉を、悲しげな表情で伝えるトールくん。
でも、その言葉は、当事者でもないのに罪の意識に捕われるなと訴えているようでもあり、
「…………すまん…………」
表情がうかがえないほど深くうなだれるギルマスにとっては、救いの言葉になったのかもしれなかった。




