第百八十九話:ちがい
冒険者ギルドの地下で剥ぎ取りのお手伝いを終えて、時間はお昼時。お昼ごはんはどうしようかとなる。
せっかくなので、ギルドに併設されてる食堂で食べてみようとなって、値段を気にせず好きなものを選んでといえば、みんなあれやこれやとお値段高めのメニューを選んでいく。
……で、そういったお値段高めのメニューはというと……。
「…………うーん…………?」
「……うん……」
「……うん……おいしいよね……」
「……なんていうか……塩味が利いてるね……」
どれもボリュームたっぷりな料理の数々に、けれどちびっ子たちには、不満な様子。
お値段高めといっても、大衆食堂並みに値段を抑えて量を確保しているから、どうしてもうちで食べるごはんとは味が違うようで。
疲れた体に染み渡る塩味も、度が過ぎればちょっと……。となっちゃうみたい。
うちでは薄めの味付けにしてるから、この塩味濃いめの料理はどう認識したらいいか、ちびっ子たちの舌が混乱してるっぽい。
「……むぅ……」
「俺も最初は、この濃いめの塩味に難儀したよ」
おいしくないとは言わないステラと、苦笑してるリンドくん。
「……なんつーか……うん……」
「ミコトのごはんは優しい味がして、おれは好きだな」
『確かに』
口に合わないとは言わないミナトとトールくんとヤタ。
嬉しいこと言ってくれるなぁ。
……僕も食べてみて、うん、納得。
お肉と野菜がゴロゴロ入ったポトフみたいなスープも、具だくさんなひき肉とトマト入りの煮豆も、あごが疲れちゃう厚切りレアステーキも、とろっと煮崩れするまで煮込んだ角煮も、ふかして潰したじゃがいもと細かく刻んだゆで野菜を混ぜたポテトサラダも、お値段高めのメニューはがっつりお腹にたまるけど、全体的にしょっぱい。
「口に合わなかったかい?」
困った笑顔して聞いてくる給仕のおばちゃんに、そんなことないよと愛想笑いを返すと、お酒を呑んで酔った舌に合うように濃いめの味付けしているのと、冒険者はバカ舌が多いから繊細な味付けなんか理解してくれず、濃いめのはっきりした味付けを好むからだそう。
どれも美味しいけど、普段食べるごはんよりちょっとしょっぱい。
嘘は吐かずに傷つけないよう表現すると、そうなっちゃう。
「食べやすい味にするとね、濃い味好きのバカ舌どもが味付けをケチってるって騒ぐのよねえ」
そういうおばちゃんは、困ったものだわあ、と頬に手を当てて軽くため息。
なるほどねえ。お客に合った味付けなんだね。
ふと周りを見渡すと、肩をすくめたり顔をそらしたり木のジョッキを掲げたりなお客たち。
……だいたいみんなのんべえ。
「本当に良い食事をしたいなら、貴族街に近いレストランをおすすめするわよ。だいぶお値段張るけど、思い出に残る食事になるんじゃないかしら?」
やっぱり苦笑してるおばちゃんに、レストランの場所を教えてもらってごちそうさま。
しょっぱいけど美味しいのはうそじゃないので、みんなで全部完食。ちびっ子たちもおなかをさすって満足そう。
軽く食休みを挟んでから、僕らはギルドマスターのザックさんに会うためにギルドの2階へ。ちびっ子たちは護衛付きで帰宅。
部屋に通されると、ギルマスのザックさんは食事しながら書類仕事をしていた。
「こんな状態ですまないな。面会を望むということだったので、このままでよければ話を聞こう」
まずはご飯を食べてくださいなー。
僕がジト目で食器を見ていると、その視線の意味に気づいたらしく、食べる方を優先したみたい。
「……さて、待たせた。仕事は絶えないのでこのまま話を聞こう。何の用だ?」
バタバタと詰め込むように食事を済ませたギルマスが食器を置くと、ナリエさんが食器を片付けてお茶を淹れていた。
「まずは、これを読んでもらえるかな」
王様からもらった、土地に関する書状をギルマスに渡す。
「……これは、王家の紋章だな……。お前たち、なにをしたんだ?」
急にジト目になるギルマス。
「《忌まわしき黒》の件で、国王陛下と謁見するだろうとは思っていたが……。《大森林》の第六開拓村とその周辺の土地建物等所有の権利をミコト嬢にと記されている。また、税も取らないようにとの王命だ。そして二枚目は、《大森林》開墾と開拓村設立の許可申請が未許可のままなため、領主の責任の元で再度申請をし直せとの王命だ」
疑いのまなざしというよりは、困惑してるっぽい。
「《王都》まで行って帰るだけでも半月ほどはかかるのだが、わずか数日で往復とは。それに、無人の開拓村跡地を……現在は前ナイツ伯爵のご隠居が維持管理しているとはいえ……誰もいない村をもらって、どうする? いや、領主が放置している物件だ。どう扱っても構わないのだが、なぜもらえることに?」
困ってる困ってる。
ギルマスにとっては分からないことだらけだものね。
仕方ないので、《王都》であったことを簡単に説明する。
すると、《忌まわしき黒》が《王都》まで侵食していたことにとても驚き、即座に対処したことに感心し、褒美として開拓村をもらったこととその理由に納得していた。
「なるほど。よく分かった。《忌まわしき黒》の件は、こちらでも念入りに注意喚起しておく。ただ、浄化までは期待しないでくれ。それよりは土地所有の件だな。現在誰のものでもない《大森林》の開拓村跡地は、もちろんここの領主である我が弟のものでもない。……だが、すぐ使えるように維持管理していることを領主は知らないだろう。知った場合は、王命であろうと開拓村を我が物にせんと動くかもしれん」
自分の弟のことなのに、けっこう嫌そうに、顔をしかめる。
多少話を聞いてみれば、貴族とはそういうものなのだという。
自分の財産は減らしたくなくても、立場を利用して他人から財産を税という形で搾取しようとするものなのだと。
隠居したおじいちゃんは、貴族としては特殊な方みたい。
その後もギルマスは利権とか甘い汁とか嫌そうに色々言ってたけど、ちょっとよく分からないよ。
王様の方が偉いのに、その王様の命令を無視してもいいものなのかな?
「さすがに、よく分からないという顔をしているな。貴族に限らず、傲慢で強欲なものに共通するものの一つとして、満たされない、という点がある」
たとえ一つを得て一時は満たされても、必ず次が欲しくなってしまうのだそう。
「そして、他者よりも上でありたいという欲もある。虚飾で塗り固めたものなど、下品で見苦しいだけだというのにな」
そして、たとえ次を得てもやはり一時しか満たされないから、今度は得たものを他人に見せつけて賞賛と嫉妬を投げかけられ愉悦にひたりたいのだそう。
そういうの、やっぱり僕には分からないなぁ。
何気なくつぶやけば、
「それは、満たされた者が至る極致の一つだ。……要するに、君は今、満たされていて幸せだということだよ」
そういって、どこか羨ましそうに微笑むギルマス。
そっか、僕は今、幸せなんだね。
そうだね。お金には困らないし、家族もいて、食べるものにも困らず、住む家もあって、清潔な服を着られる。
日々、やることもやりたいこともたくさんあって、家族みんなで笑顔があふれている。
それはきっと、満たされていて幸せということなんだろうね。




