第百八十一話:二十三日目
元孤児のちびっ子年長組に薬草を売りに行ってもらい、夕食のトンカツで騒ぎになった翌日。
焼きたてのパンとベーコンエッグとスープとサラダの朝食を食べ終えて片付けをしていると、とても嫌そうな表情をしたヤタがとても嫌そうに言う。
『…………ミコト、呼び出しだ』
「誰から?」
『…………《鉱山》にいるドワーフのところの妖精から』
「来いって?」
『…………ああ』
「じゃあ、準備ができたら行こうか」
ドワーフにいい印象はないから正直行きたくはないけれども、妖精からの呼び出しとなると、エルフの里の時みたいにすごく大事な用件だよね? たぶん。なら、しかたないけど行かなきゃだよ。
というわけで、僕、ミナト、トールくん、ステラ、リンドくんの5人で集まり、準備ができたので移動開始。
まずは、《無限鉱山》の入り口付近までヤタの妖精テレポートで移動して、そこからワイバーンのぐれ太に乗って鉱山の北側へと飛んでいく。
ダンジョン化していて直接飛び越えていけない鉱山は外周を迂回しなきゃならなくて、ぐれ太の飛行スピードでも何時間もかかってしまい、指定された場所に着いたのはお昼前。
目の前には洞窟の入り口っぽいのはあるけれど、ここからどこに行けばと思っていたら、地面からにょきっと人型のなにかが現れた。
その姿は、ヤタみたいにシャツとチョッキとズボンと先っちょにポンポンが付いたとんがり帽子姿。
丸いお腹に太い手足、しわくちゃの顔に立派なあごひげが特徴的。
背中に虫みたいに透き通った羽はないみたいだね。
『やあやあ、お初にお目にかかる。ワシは、ここのドワーフに寄り添っている妖精じゃ。迎えに来たぞい』
「えーと、こんにちは?」
僕らの足元で、ぴっと手を挙げて挨拶するヒゲの妖精に、僕も手を挙げて挨拶。
『さてさて、あの子らも待っているゆえ、さっそく移動するとしよう』
どこに? と思った瞬間、視界が切り替わる。
床も壁も天井も、一面岩肌がむき出しの薄暗い場所。
そこらに点々と配置されている松明のおかげで、陰はあっても闇はない洞窟内。
そこには、レンガのような四角い石を積んで作られた住居が、ある程度の規則性をもって建てられていた。
「…………にゅ、……んぎゅう…………」
洞窟内を見渡して、気づく。
気づいてしまったら、変な声が漏れちゃった。
「………………く、くしゃい………………」
土と石とほこりとカビと、煤と鉄サビとなにかが焼けるにおい。
…………それと、汗臭いにおい。
それらが混ざって、すんごいくさい空間になっていた。
「……うぐふ……」
「……これは、なかなか、しんどいね……」
涙目で口と鼻をふさぐミナトと、言葉の割には平気そうなトールくん。
「…………」
「…………」
エルフの2人は、鼻というか顔半分をふさいで悶絶しているよ……。
『…………これが、ドワーフの里だ。においに敏感なものは、苦手だろう』
ヤタがとても嫌そうに言うと、息をするのも大変だった空間からにおいが遮断される。
『…………獣人の里は、もっとひどいぞ』
あるってことね。行きたくないよーっ。
『ほうほう、ニンゲンやエルフは、このにおいは苦手なのだな。それは知らなんだ。悪気があったわけではないゆえ、許しておくれ』
『こんな環境で過ごすドワーフがおかしいんだぞ!』
『いやいや、あの子らは、悪環境に強いのさね。熱さも寒さも、汚れも悪臭も、空腹にさえ耐えるのだよ。その長所は認めておくれ』
『うるせえっ!!』
お怒りなヤタと、ニコニコなドワーフの妖精がやり取りしてるのを見ると、マイペースなドワーフの妖精と、神経質なヤタって感じだね。
長所はともかく、悪環境は嫌だなあ。
『さあさあ、あの子らが待っている。こちらへおいで』
イライラしてるヤタをまるで相手にせず、マイペースに案内を始めるドワーフの妖精。
そんなドワーフの妖精に、ちょっと気になることが。
「ねぇ、あなたは、ヤタみたいに羽はないんだね?」
『ふむふむ? ヤタとはきみに寄り添っている妖精かい?』
そうだと頷けば、合点がいったように大きく頷く妖精。
『そうそう。妖精といっても、種が違うのだよ。そちらの妖精はピクシー。風属性が主だけれど、各属性いるのだね。そしてそして、ワシはノッカー。主に鉱山の洞窟内に住まう妖精なのさ。だから、羽は持たないのだよ』
どうでもいいけど、この妖精声が大きいなあ。耳が痛くなっちゃうよ。
騒がしく里の内部を移動しながら、あれはなんだこれはなんだと嬉しそうに説明していく妖精。
説明が好きなのか、話をするのが好きなのか、ニコニコと嬉しそう。
時おりすれ違う、自身とよく似た体型の人たちを指して、あれがドワーフなのだと、あれはどこどこの誰それで、親はどうの子はどうのとずっとしゃべっている。
話題にされたドワーフは、苦笑いしながら軽く会釈して去っていく。
……いつもの事っぽい。
『さてさて、こちらがここに住むドワーフたちの王の工房だよ。ドワーフの王は、当代最も優れた鍛冶師が選出される。ゆえに、入れ替わりが激しく、今の王も数年前に変わったばかりの寡黙な若者なのだよ』
妖精が誇らしげに指し示す先では、カーンカーンと鉄を打つ音が鳴り響いていた。
道中にも鍛冶工房はあり、鉄を打つ音は聞こえてきていた。
けれど、ここからはひときわ大きな音が響いてきている。
『さあさあ、あの子たちが待っている。中に入っておくれ』