第百八十話:閑話:はじめてのおつかい
ミコトに引き取られた孤児院の年長組視点です。
年長組、といっても、10歳前後の小さな子どもでしかない。
それでも、自分たちの境遇は理解しているし、日々の糧を得るために冒険者ギルドで解体の仕事を何度もしたことがある。声がかかればだけれども。
もっと小さい孤児仲間より3つ4つと年上で、兄貴分姉貴分という自覚もある。
院長先生がどうにか用意してくれた食事を、同年代や年少の仲間たちと分け合い、ひもじい思いをしながらでも、なんとか生き抜いてきたのだから、多少の波風には負けない気概もあった。
雨風をしのげるだけでも、孤児院にも居れない路上生活者たちと比べたら、天地ほども違う差だと仲間たちみんなが自覚していた。
そんな、つらい生活が、一変した。
長い黒髪のお姉さんのミコトさんと、白い髪のお姉さんのミナトさん。
赤い髪の、自分もボロを着ていたくせに、よく差し入れを持ってきてくれたトール兄が、話に聞くお貴族様みたいな立派な仕立てのシャツを着て、お嫁さんを2人も連れて来てくれた。
そのお嫁さんの、黒い髪のお姉さんが、どこかのお姫さまだったのか、たくさんごはんを食べさせてくれた。
それだけじゃなくて、自分の住む場所に連れて行ってくれて、温かいお風呂で体を洗うこともできたし、擦り切れてない穴も空いてない服を着せてくれたし、ふかふかに柔らかい布団でなにを気にすることもなく眠ることができた。
建物の外では薬草がそこら中に生えていたから、丁寧に引き抜いて土を払えば売り物になるし、牛やニワトリの世話でやることがいっぱいある。
怖くて危ないけれど、価値がある毒草や毒キノコが生えている場所もあるし、広い畑で野菜や果物を育ててる。しかも、あっという間に育って、種や苗を植えてから何日かで食べられるようになるという。
ホネホネの変なのもいるけれど、一緒になって遊んでくれるワンコや背中に乗せてくれる1つ目の大きな牛やしゃべって空を飛べるヤギの人もいて、遊んでくれる。
まるで、話に聞く天国のような場所に連れてきてもらった。
けれど、もし。
もし、ここから追い出されるようなことになったなら。
また、食べるものもろくにない孤児院に戻るか、もしくは、もっとずっとひどい状況、それこそ、西区の路上生活者みたいな、いつ死んでしまうかも分からないような生活になるかもしれない。
だから、しくじりはできないし、まだ仕事がうまくできない年少組を支えてあげなきゃいけない。
おばあさんエルフの院長先生にも、恩を返していかないといけない。
孤児院でひもじい思いをしながら過ごしてきた仲間たち全員が、子どもなりに悲壮な決意を固めて過ごした数日。
そんな決意も、衣食住すべてが満たされた数日の生活で、あっさりと緩んでほどけていた。
顔馴染みというか、孤児院の先輩で器量良しな美人のお姉さんのナリエお姉さんが冒険者ギルドの受付嬢をやっていて、そこに乾燥させて箱詰めした薬草を売りに行くという簡単なお使いなのに、しゃべれるワンコ2匹と動く鎧と二本足で歩くアリを護衛に付けてくれるという、よく分からないことに首をかしげる。
薬草が入った木箱はそこまで重いものでもないし、一緒に行く仲間たちで交代で持てば問題ない。
お金を持つと悪党にぶたれて奪われるとなれば、巡回警らしている衛兵に声をかけて一緒に行ってもらえばいいし、衛兵が渋るようでも、銀貨の1枚でも握らせれば尻尾をふるのは知っている。
……その銀貨1枚で、どれだけパンを買えるかは考えないにしても、木箱の中身はそれ以上の価値があるのを知っているため、必要なお金だと思えば何の問題もない。
ミコトお姉さんは、木箱1つに詰められた薬草がいくらで売れるかにはあまり興味がないみたいだし。
で、それくらい、ものを運ぶだけで何の問題もない簡単なお仕事なのに、ミコトお姉さんはハラハラしてしょうがないらしく、子どもたちを信用していないのではなく、とにかく心配で仕方がない様子に、一緒に行く年長組の仲間たちみんなが笑顔になるのが分かった。
ミコトお姉さんは、院長先生と同じで、孤児たちに愛情を持って接しているのがよく分かったから。
転移魔法陣という、遠いところへまばたきする間に移動できるすごい魔法で孤児院に行く。
ずっと過ごしてきた孤児院も、今の家が立派過ぎて、人がいないと寂しく感じてしまう。
そんな気持ちを振り切って、まずは冒険者ギルドへ。
持ってきた木箱は大きいけれど、年長組の仲間たち4人で来たので、交代しながら運ぶことに決めていた。
大柄で精悍な顔立ちのジョンと、ふさふさな毛の優しそうな顔立ちのメグ。
しゃべれるワンコ……じゃなくて、二本足で立って歩けるコボルトの2匹と、リビングアーマー・ゴーレムという、人型とアリ型のゴーレムが2体ずつ。
合わせて、4人と2匹と4体というヘンテコな集団になって、冒険者ギルドへ。
移動は特に問題もなく、ギルドにはナリエお姉さんはいなかったけれど、薬草は普通より状態が良いものだったみたいで、事前に聞いていた値段よりずっと高く買い取ってもらえた。
その上で、時間をかけてちゃんと1枚1枚確認して、枚数と、状態と、値段を紙に書いて見せてくれて、盗まれたりしないように気をつけるのよ、と声を抑えて教えてくれた。
お金も、袋に1枚ずつ入れるのを確認しつつ、自分たちでもちゃんと数えて確かめた。
そこに金貨が混ざっていたのは驚いたけれど、今度は1枚もなくさないように持って帰る仕事だ。
買っていくものもないし、頼まれてもいない。串焼きのいい匂いはするけれど、鼻をひくひくさせて舌なめずりするジョンとメグの手を引っ張って、少し軽くなった木箱を交代で持って歩く簡単なお仕事。
さて、孤児院まであと少し、というところで、息を切らせながら走ってくる男の人がいた。
平凡な質のローブと木の杖を持った、術士のような男だ。
ひざに手をついて息を整えて、なにを言い出すかと思えば、ワンコを譲ってくれと。
そんなの無理。お姉さんが飼ってるワンコだし。
そう伝えれば、鎧かアリでもいいとしつこく迫る。
礼はするからと言っても、ゴーレムたちが金貨何枚かで用意できるような粗雑なものでないことは、孤児たち全員がちゃんと理解していた。
そもそもお姉さんの鎧とアリだし、孤児たちに譲る許可を出す権利などない。
それを伝えてもしつこいので、警ら中の衛兵に声をかける。
すると、ローブの男は走って逃げようとして、なにかにつまづいて転んで、衛兵のにーちゃんにあっさり捕まっていた。
ローブの男は別に悪いことはしてないけれど、衛兵呼んだら逃げたってことは、なんか悪いこと考えていたのかもしれない。けれども、悪いことをされたわけではなかったので、お姉さんに借りたワンコと鎧とアリはお姉さんのものだから、勝手に譲るわけにはいかないと言ってもしつこく迫っていただけと、本当のことだけを伝えて、あとは衛兵に任せて孤児院に戻り、家に転移する。
家に帰れば、お腹が空く匂いとホッとする空気が出迎えてくれる。
その日は、トンカツという新しいお肉料理を食べてちょっと騒ぎになって、お代わりはないから味わって食べてと言われて、孤児たち全員が孤児院時代……といっても数日前……を思い出して、静かによくかんで味わって食べた。
……そのうちに、ローブ姿の男からワンコや鎧やアリを、譲ってくれないかと迫られたことは、すっかり忘れてしまった。
「……それで、冒険者ギルドに薬草を配達するお仕事はどうだった? 知らない人から悪さされたりしなかった?」
お風呂に入って温まって、幸せそうに眠るちびっ子たちに目を細めて、寝静まったのを確認してからジョンとメグを呼び、配達の様子を聞いてみる。
ちびっ子たちの様子から、悪さはされていないようでも、別の視点からならなにか聞けるかなと思ったから。
「知らない人から悪さはされてないですワン」
「悪さじゃないことはされたんだね」
ちょっと得意げに話すジョンを、じっとりと見つめる。
多少の自覚があるからか、口を滑らせたとばかりに自分の口を塞いで目をそらすジョン。
「ギルドから発行された明細と、渡されたお金が合わない分は、いいんだよ。お仕事したんだもの。ちょっとした買い食いとかで叱ったりしないよ?」
「美味しそうな匂いに、我慢できなかったんですワン」
しょぼんと耳を垂らすメグと、ハッとしてこれまたしょぼんとするジョン。
あ、これ、メグじゃなくてジョンがおねだりしたんだろうなって、なんとなく分かった。
「うん、分かったよ。それはいいんだ。でも、知らない人からなにかされたの?」
詳しい話を聞いてみると、従魔だとはっきり分かるジョンとメグを、金貨数枚で譲ってくれないかと言われたみたい。
ちびっ子たちも、ジョンもメグも当然拒否。すると今度は、リビングアーマーの方でも構わないとしつこく迫ったみたいだね。
その必死な様子に、なにか事情があったのかもしれないけれど、ちびっ子たちはしっかり断ったにも関わらず譲ってほしいと言うので、衛兵を呼んだみたい。
その判断は間違っていないし、ちびっ子たちが僕の従魔を売り渡すようなことはせず、毅然とした態度で明確に断ったことが嬉しくて、2体をぎゅーっとハグしてなでなでしてあげた。
お疲れさま。




