第百七十六話:ミツバチ
生ゴミを入れていたバケツを置きにいったトールくんと合流して、芋類やとうもろこしが植えてある南東地区を通り、豆類やトマト、パプリカなどが植えてある南西地区を通り、果樹がメインの西区へ。
赤く色付くりんごも美味しそうだけれど、丸々と実っている梨を収穫しているスケルトンゴーレムのゴスケさんを見つけた。
「ゴスケさーん、おつかれさまーっ」
声をかけて手を振れば、ホネホネの頭を軽く下げるだけでまた収穫に戻るゴスケさん。
主張が大人しいのは、4号だね。
北西地区には、建材に使える木やどんぐりや栗の木、メープルシロップが採れる楓の木などが植えてある。
ここらへんも、リラさんとゴスケさんたちに任せているけれど……。
ふいに、手のひらサイズの大きなミツバチが飛んできて、僕たちの眼の前にとどまる。
手のひらを差し出すと、その上におりて僕を見上げてくる。
よく見ると、ハチといっても、なんか丸っこくてぬいぐるみみたいな丸い体に毛のもふもふと小さい足と羽が着いてる感じ。
……うーん、なんか、可愛いかも……。
意外ともふもふの毛をかいかいしていると、なんだか気持ち良さそう。
『ん? なんか、言いたいことがあるのか?』
ヤタが大きなミツバチの前に行くと、ヤタをじっと見つめるミツバチ。
妖精とミツバチが見つめ合ってうんうん頷きあう様子をしばし見ていると、ヤタが僕を見上げてくる。
『ミコト、蜂どもが言うには、そろそろ新しい女王が生まれるから、巣箱を用意して欲しいそうだ。できれば早期に複数を。移動先が複数あれば、新たな女王が複数生まれても事前に卵を移しておくことで自然の摂理しなくてもよくなるからって』
意外と切実な話だった。
けれどこれは、もらえるはちみつが増えるってことでもあるよね?
それなら、巣箱作るのは問題ないよ。
ではさっそく《拠点》の拡張を……。
・現在、施設レベルを上げることは出来ません。
あれー? 拠点内設備の項目から蜂の巣箱を増やせるかと思ったら、今はまだできないみたいだね。
「なあ、巣箱、作れないのか?」
「今は無理みたいだね」
「じゃなくて、拠点の施設としてではなく、ミコト自身がスキルで巣箱自体を作れないのか? って」
「あっ……。……うーん……、やってみるね」
拠点の施設として追加することができなくて、ミナトも残念がっているかと思いきや、新たな可能性を提示してくれた。
とても現実的なその案は、試さずにはいられなくて。
ミツバチの巣箱の構造を頭で思い浮かべてから、スキル《生産》で要求される素材を了承してスキルを実行。巣箱を作り上げた。
「はい、できたよ。どうかな? ……あれー?」
できあがった巣箱は、僕の体格だと両手で抱えないといけない大きさだけど、蜂の巣箱としては常識的なサイズ……の、はず。たぶん。拠点施設の巣箱と同じくらいの大きさだし。
けれど、手のひらサイズとはいえミツバチとしては破格の大きさのこのハチからすると、全然足りないみたい。
しばらくがんばっていても、足が1本入っただけで、入り口から入れなくてしょんぼりしてる。
ミツバチなのに表情豊かだなあ。
「もっと大きいのがいいんだね? ……よし、じゃあ、もう一回」
大きなミツバチを手のひらに乗せたまま、左手でステータス画面を操作。だいたいの大きさを入力すると……。
・ハニービー (魔物)の巣箱×1
あや? このミツバチは魔物?
「…………きみは、魔物なの?」
手のひらサイズのミツバチと、目線を合わせて首かしげ。
ミツバチも、一緒に首かしげ。
『ハニービーは魔物だぞ』
なにをいまさらとばかりなヤタが、やれやれと首を振っている。
もう、なにさ。教えてくれてもいいじゃない。
ぷくーと頬を膨らますと、ミナトやトールくんたちが微笑ましそうに笑っていた。
さて、この大きな巣箱をどこに設置しようか? と、林になっている北西区に目を向けると……。
……? 不意に、陰ができて……?
見上げると、太い枝の腕と幹が二股に分かれた太い足と目や口のようなコブや樹洞がある、大きくて立派な樹が、かがむようにこちらを見下ろしていた。
「……えっ? ……えぇっ!?」
「……ちょ、ま、なんで、樹が?」
わけが分からずプチパニックな僕とミナトをよそに、
「おぉ、立派なトレントだね」
「どうやら、ミツバチを心配しているようだぞ」
興味深そうなトールくんと、意思疎通できてるっぽいステラ。
「トレントがいるなんて、立派な森の証だよ」
うんうんとうなずくリンドくん。
『このトレントに巣箱を置いたらいいだろう。トレントは豊かな森の守護者だぞ。同じ森の生き物を守ろうとする』
良い案だと得意げなヤタ。
「………………トレントって、魔物じゃないの?」
『トレントは魔物だぞ』
ポカンとしているミナトの隣で、首をかしげる僕に問いかけられたヤタは、なにを当たり前のことをとばかりに、やれやれと首を振っていた。




