第百五十七話:家宝
おじいちゃんからもらった、家紋入りの懐剣を手に取る。
腰に差すためのベルトも着いていて、すぐに身に着けることができるけれども……。
家紋というと、2日前にやり合ったアンデッド集団のボスが持っていた丸盾も、なんか家紋っぽいものがあったような?
ちょっと気になったので、おじいちゃんに許可をもらってから丸盾をアイテムボックスから取り出してテーブルに置く。
「……コウモリの紋章。これは、バラン子爵家の家紋だな。ミコトちゃん、これを、どこで?」
検分してすぐに、大きなため息を吐くおじいちゃん。
……なにか、よくない感じなのかな?
「えーと、北の方から来たアンデッド集団のボスが持っていたよ?」
『ミコトの言葉に嘘がないことを宣言する。正確な経緯は、もう誰も分からんだろう。……なぜそうなったのか、話の最初を知る者以外は』
嘘偽りなく、非常に簡単に説明した僕に、ヤタが補足してくれる。
「……その、家紋入りの丸盾は、この街の領主たるバラン子爵家の家宝でな。先代のバラン子爵が失踪した際に紛失したものだ。……それが、よもや、北の土地から舞い戻ってくるとは……」
先代のバラン子爵、つまりは、今の《街》の領主の親にあたる人が、家宝を持って家出しちゃったのかな?
……子どもと仕事を投げ出して?
「この街より北に、徒歩で7日ほどのところに、アンデッドの巣窟となっている地下遺跡群があることは分かっている。……先代の子爵は、若い頃に世間を知るためと称して冒険者をやっていたそうでな。わずかな供を連れてあちこち駆け回ったそうだ。その供を亡くしたのが、北の地だと聞いておる」
どこかやるせない雰囲気で語るおじいちゃん。
……んんん? たしか、今の冒険者ギルドのマスターって……?
「父が家宝の丸盾を持ち出し失踪したことで、若い時分の息子らは、相当に苦労したようだ。神経質で学者肌の兄は冒険者ギルドのマスターに。脳筋で武闘派の弟は子爵家の当主に。兄弟でこの街の権力の大部分を握ったはいいが、優秀な家臣どもに大事に大事にされ過ぎて、兄は人間不信気味に、弟は家臣どもの言いなりになっておる」
そう言って、またため息を吐くおじいちゃん。
うわぁ、この街の偉い人、ダメ人間なの?
おじいちゃんも苦労してそうだよ。
「ワシが家督を息子に譲った頃はな、王都より北のこの地が不穏でな。まだ当主として経験の浅いバラン子爵を補佐するつもりでこの地に隠居したのだが……」
あ、うん。苦労したんだね。おじいちゃんも。
「隠居したとはいえ、ワシの方が家格が上なためにな、ワシの発言は子爵家当主のそれより上として扱われてしまってな。ワシの言葉を無視できぬあの者たちもやりづらかっただろうが、ワシも迂闊に発言できなくなってしまったのよ」
当時のことを思い出しているのか、苦い顔つきのおじいちゃん。
「そのうちに、予算の都合がなどと言うようになってな。ワシの言葉を一切無視するようになりおってからに。いくつもあった開拓村も支援が滞り、何度も潰れては、体のいい厄介払いのように人を送り、そのうちに、トーマスとその嫁その子どもたちが、な」
頭痛をこらえるような様子から、目頭を押さえるおじいちゃん。
「初めは、上手くいっていたんだがのう……。……ところで、ミコトちゃん。この盾は、どうするつもりだ?」
「どうって、元の持ち主に返すべきなんじゃないの?」
どうすると問われて首かしげ。
「そうさの。それが一番だ。だが、しばらくはミコトちゃんが預かっていなさい。この件が片付いてこの地に戻ったら、ワシが責任をもって子爵家に返還しよう。それでよいか?」
何が最善かは、僕には判断できないけれども。
今何を優先するべきかは、はっきりしてるよね。
「うん、それでいいよ。と、いうわけで、おじいちゃん。空を飛ぼうよ」




