第百三十話:閑話:ハラハラ
AEO開発スタッフの視点
「なあ、柊。志願してくれたことはありがたいが、これは、下手すると心身ともに重大な負荷が掛かる可能性がある危険なことなんだよ。ほんとに分かってるか? やめるなら今のうちだぞ?」
「うっさいなあ。このやり取り何度目さ?」
第一次βテストに参加する意思を確認するための面談中。
パイプ椅子に座った細身で中性的な少年は、実にめんどくさそうに吐き捨てた。
「そもそも、この話は誰かがやんないといけないだろ。オレは、変身願望っつーか、女になれるならなってみたい。これまでの人生、男でよかったことなんてひとつもないし」
非常に嫌そうに言うこの少年は、産まれてすぐに、自身の性別を否定されたとか。
親から望まれたのは女の子で。
けれど、自分の性別は男で。
しかしながら、歳を重ねるごとに、母の若かりし頃の姿とそっくりに育っていって。
親が望むものに、自身が成れないという絶望を、思春期前に味わったのだという。
それで、虐待でもされていたなら、親元から引き離して保護することも辞さない構えだったが。
よかったことなどひとつもないと言いつつも、意識を切り替えた親から愛情を目一杯注がれて育ったこの少年は、幼い頃に味わった絶望を抱えたまま、そのままを両親に肯定された。
思いは歪み、捻れ、認識を変えていった。
本来であれば、ここでカウンセリングを受ければ現在の自分を正しく認識して受け入れることもできたかもしれない。
しかし、この少年は、歪み捻れて行き場を無くした絶望が、自分に向かっているのを両親に巧みに隠し通した。
拗れて拗れて、もうどうにもならない想いは、ただただ自分に向かい。
しかし、自傷や非行のような、「両親が悲しむこと」は、一切しなかった。
そんな中、外面と内面の乖離を、紫色の短髪の、固太りの男性に見つかり。
……拉致同然に開発室に連れてこられたのだという。
そのときはまだ、
(部長なにやってんのっ!?)
と心の中で叫ぶ程度だったが、今ではもうあのオッサン張り倒したいくらい。
親の許可は取ったのかよ?
たぶん取ってないよな?
仮に虐待されていたならグッジョブだったが、普通に拉致じゃねえかよ。
柊には悪いが、男として産まれてきて良かったと思っている側としては、線が細く肩幅狭くまだ成人もしていない声変わりも微妙な中性的な少年が、男をやめたい女になりたいと言っているのを見て、心配でたまらなくなる。
両親が善人で良い親だったから、この程度で済んでいるのか。
両親が善人であってもよい親ではなかったから、ここまで歪んでしまったのか。
判断など、つくはずもなく。
「……はぁ、しゃあねえ。最終確認だ。ここを過ぎたらもう変更できない。それでも、ゲームにおける、『アバターの性別が変わったことによる影響のテスト』に承諾するか?」
「イエス。承諾する」
「即答かよ……」
まっすぐこちらの目を見てはっきりと承諾する中性的な少年を見て、またため息を吐くのだった。
※※※
テスト開始後も、担当からは外れたものの、一次テスター全員の足取りは報告するよう指示を出す。
特に、妖精と一緒に好き勝手やってるバカとか、とばっちりを受けて遠くへ飛ばされてしまったヤツとか、ユーザーに負担が大きいと思われる現実の性別とは別の方を選んだケースとか。
《街》にいるから安心できるとは限らず。
《大森林》で戦い続けているから心配だとも限らず。
他人に絡んでおちょくっているから不安だとも限らず。
あ、ミコト嬢の妖精に飛ばされたあいつのことは、担当の妖精が位置を掴んだ今も心配だわ。何度も連絡したけれど全然返事しねーし。
なんか企んでいて大がかりな準備してるっぽいのは確かだけど。
仕事しながらやきもきし、ミコト嬢に癒されほっこりし、部長にイラつき、テストで必要だったとはいえ、女になることを選んだ中性的な少年のことを心配してモニタリングする度にハラハラし。
「…………なんか、胃が痛くなってきたな…………」
「主任、胃薬お持ちしましょうか? 夜は、お粥にします?」
「あー、岩崎。手が空いてるなら、部長から健康茶もらってきてくれないか?」
あの、青と緑が混ざり合わず、絶えず対流し時おり発光する不思議なお茶。
あれ飲むとエナドリなんかよりよほど調子いいんだよな。
眠気も覚めるし胃が痛くもならない。むしろ、飲む前から感じる胃の痛みがなくなるような抜群の効果があるからな。
「あ、部長がなんか変なことやってたなら、迷わず止めろ。それができなきゃ俺を呼べ」
「分かりました。あまり無理はしないでくださいね?」
俺が男で良かったと確信を持って言える出会いをもたらしてくれた、健気な後輩にして相棒の女性を見送って、気合いを入れ直して残りの作業に取りかかった。
……《街》にとどまらず、スケベ勇者くんに着いていくことにしたらしいヒイラギが、自分のことを好きになってくれる日は来るだろうかと、未来に想いを馳せて。




