第百二十九話:閑話:メンテナンス問題
「やあお兄さん。ちょっといいかな?」
ファウがやらかして、サーシャとニアの手を引いて逃げてる最中のこと。
セミロングな髪をお下げにしている中性的な……男性? 女性? どっちだ? ……人物に呼び止められた。
「かわいい妖精さんだね」
その人物が、ファウにおいでと手招きすると、ファウは喜んですっ飛んでいった。
「……ファウ、戻ってこい」
妖精に対して、敬意や信仰心ではなく、小さな子どもや愛玩動物に対しての愛情のようなものを向けている人物に、警戒心が零れ出た。
「ああ、警戒させちゃったか。ごめんよ。……ほら、相棒が呼んでるよ。戻りな?」
その人物は、親戚の子どもに親のところに戻るよう言葉をかけるような、慈愛に満ちた表情でファウに語りかけたことで、警戒心は大分薄れた。
……少なくとも、俺は、な。
「……誰?」
ニアは油断なく睨み付けたまま、武器へと手を伸ばしている。
さすがに街中で刃傷沙汰はまずいので、薄れても警戒は解かないようにして中性的な人物に語りかける。
「なんの用か聞いても?」
ニッコニコしながら戻ってきたファウを取っ捕まえてサーシャに預けながら問いただせば、肩をすくめて答えてきた。
「ごめんよ。重ねて謝罪を。きみの妖精さんがすごくかわいかったから、つい声をかけちゃったんだよ」
『えへへ~。ありがとうね~』
かわいいと言われた当のファウは、サーシャの手のひらの上でニッコニコしながら顔を赤らめてクネクネしている。
……いやその、かわいいって言ってもらえたのがよほど嬉しかったんだろうな。
妖精はかわいい。
それはもう、世界共通言語のような、純然たる当たり前の事実なので、普段からかわいいファウに改めて「かわいい」とは言ってないが……。
かわいいファウには、かわいいと日常的に言った方がいいのだろうか?
「それでね、こっちが本題なんだけど」
真剣な表情で、しっかり俺の目を見て告げられる本題という言葉に?どんな無理難題が言われるものかと、身構えるが……。
「オレを、きみたちのパーティーに参加させてくれないか?」
正直、全く想定外な話でズッコケたいくらい気が抜ける言葉だった。
いや、言った本人はかなり真剣な表情だ。
相応の理由があるように思えるくらいには。
「あー……。どうして俺のパーティーに入りたい? その理由を教えてくれないか?」
「目的があるんだ」
「その目的は?」
「ひとまずそこは聞かずにいてはくれないか? 目的は脇に置いても、オレは役に立つぜ?」
にいっと口の端をつり上げる様子は、自信を示しているようで。
目的はともかく、なにができるかは聞いておきたい。
明日には採掘隊に同行するから、長距離の移動を余儀なくされることも含めて説明しないといけないしな。
「なにができるかって、生産関係は幅広くできる。武器防具の手入れから修理、糸紡ぎから布製品革製品の製造と修理、木工品以下略、料理や生き物や植物に関してはさっぱりだが、それらを扱う道具なんかは製造から修理までできる。それぞれ専用の道具は必要だしまだまだレベルは低いから、将来のために青田買いって思ってもらえれば、お得だと思うぜ?」
青田買いって言葉が出たときにキョトンとしてるサーシャとニアを見て、目の前の人物もプレイヤーだってことははっきり分かった。
……それから、なにげに、スキル《鑑定》が弾かれてる。
いちばん確かめたいことが、確かめられない。
しゃあないので、直接聞くことにするか。
「なあ、あんたの名前は? それと、性別は?」
「思ってた以上にデリカシーがない男だなきみは」
「あ、ごめん」
言われて気づいた。
いやたしかに、性別は普通まちがえないから、聞くこともないだろうし、聞いたら聞いたで普通に失礼だよな。
「ヒイラギだ。ジョブはクリエイター。総合二次職だ。性別は……、見て分かんねぇの?」
「正直分からんから、あえて聞いてる」
「…………女、だよ。胸にはさらし巻いてる。あんまり大きくはないけどな。職人界隈は、女ってだけでかなり当たりが強いしナメられるんだよ。……いやその、そんな舐めるように見ないでくれ……」
いやいやいや、そんな変な目で見てねぇぞ?
「……えっと、ユーノくん、そんなにねちっこく初対面の人の胸ばかり見てるのに、見てないは通用しないよ? ……エッチ」
「……ウチは、まだこれから大きくなるし……。エッチ」
仕方ないとは思うが、両側からほほをつねられた。
『ユーノは、エッチなんだね!』
元気いっぱいのファウの言葉が、俺の胸に刃のように突き刺さった。
たぶん言葉の意味がよく分かってないだろうから、余計にクリティカルヒットして、膝から地面に崩れ落ちて両手をついた。
胸とかナメられるとか言うから、ついつられて見ちゃったけど、俺くらいの年の男なら、仕方ないと思うんだ……。
……《勇者》ユーノ




