第百二十六話:閑話:経験値
俺は、前衛でパーティーのリーダーで《勇者》でパーティー唯一の男だから。
だから、みんなのためにもできるだけのことをやろうと思う。
そのための第一歩として、強くなることはなにより大事だと思うんだ。
……《勇者》ユーノ
十四日目。
主に移動手段を確保するべく、《街》へ移動中。
午前の休憩時間に、とうとう我慢できなくなってしまう。
「マキさん、ちょっといいかな?」
鉄の鎧とメイスと大盾で武装している、パーティー最年長の女性にして、頼れる前衛の壁役にして、パーティーの相談役的なポジションをすでに確立しているマキさんに声をかける。
「はぃ? ……ええ、いいわよ? でも、どうしたの? そんな緊張した顔で?」
「えっと、その…………俺…………」
「はいはい、落ち着いて。深呼吸深呼吸。まずは、間違ってもいいから言葉にしてみて? 言い間違っても、後で訂正すればいいから」
内容が内容だけに、緊張して言い淀む俺を優しく諭してくれるマキさん。
アキラやシオリたちも、状況を固唾を飲んで見守っている。
……ふと、シオリと目が合う。
しっかりと頷いているのを見て、ようやく腹が決まった。
でも、緊張はしているので、何度か深呼吸をしてから、内容を告げる。
「……マキさん……俺、……俺……」
「うん、なあに?」
「俺を、男にしてくれ!!」
「言い方ぁっ!?」
ちょっと離れたところで状況を見守っていたシオリがすっ飛んできて、その勢いのまま頭にチョップされた。結構痛い。
「ええっ!? ……ま、まあ、いいけれど? 私でいいの?」
「いいんかい! …………じゃなくて、ちょ、ちょっと、マキさん、ちょっと」
アキラも苦笑しながら寄ってきて、シオリとマキさんと3人で少し離れてから、小声で話し合いが始まった。
「(……マキさん、あのね、ユーノが言いたいのは……)」
「(大丈夫よ、シオリちゃん。私、結構経験豊富だから。付き合って、関係があった男は10を越えるから。だから、大丈夫よ)」
「(そ、そうじゃなくてね?)」
「(マキさん、マキさん、ユウくんはね?)」
「(大丈夫大丈夫。アキラちゃん、大丈夫よ。ちゃんと分かってるわ。かつて付き合った男の半分くらいは、経験不足だったり未経験だったりしたから。おばちゃんに任せて。ちゃんと導いてあげるわ)」
顔を赤らめてこっちをチラチラ見ながらシオリとアキラがマキさんと話しているけれど、同じくらい顔を赤くしたマキさんには、なんだか微妙に話が通じてないんじゃないか?
…………いや、その…………マキさんって、戦闘経験が豊富みたいだから、実戦形式での稽古をつけてもらいたいって話だったんだけど…………。
「……あ、あはは……。いやいや、ごめんね? おばちゃん、なんか、勘違いしちゃったわ? ごめんね?」
「それは大丈夫。誤解が解けてなによりだよ。それで、返事は? 結構激しくやりあいたいから、痛い思いもすると思うけど?」
「だからユーノ、言い方」
「大丈夫よシオリちゃん。さすがにもう、勘違いはしないわ。……で、ユーノくん? きみは激しいのがお好みなのね? 私の勘違いでないなら、今のユーノくんと私とでは、まだそれなりに差があるわよ?」
「ああ、うん。実力と経験の差は理解してるつもり。俺としては胸を借りるつもりでぶつかってみたい。その上で、経験を積めればいいと思ってる。マキさんにメリットはないと思うから、断ってくれてもいいけど」
「大丈夫よ。付き合ってあげる。何度でもいいわ。暇があるときに声をかけてくれればね。料理中とか忙しいときはさすがに無理よ? それより、まだなにか言いたいことあるでしょう?」
「うん。……その、俺さ、まだ頼りないかもだけど、パーティーのリーダーで、男なんだよ。なにがあっても、どんな敵と対峙しても、みんなのこと守れるくらい、強くなりたいんだよな。そのためには、マキさんと経験するのが一番いいって思ったんだよ」
ほんとにちゃんと誤解なく受け入れてくれるかどうか、結構心臓ドキドキしている。顔も熱っぽいかも。
対するマキさんは、もう顔真っ赤だ。
俺の緊張が伝わってしまっているのかも?
「(……いやー……なんだろ? おっかしいわぁ……。私こんなに惚れっぽかったかしら? ずっと年下の男の子にまっすぐ見つめられただけで、こんなにドキドキするとか……。なんか、おかしくない? 体は健康で若返っても、心は二児の母のつもりだったけど……。体と一緒に、心も若返ってるのかしら? 息子たちより若い子に、愛の告白じみたこと言われて、その気になってときめいちゃってる? …………ま、まあ、戦闘経験を積みたいっていうのだから、ボコボコにしてあげればいいのよね? その後、みんなで優しくしてあげればいいか。……いいわよね?)」
「マキさん、どうだろう? 俺を男にしてはくれないだろうか?」
「何度も言ってるとおり、いいわよ? お望み通りに、激しくしてあげるわね?」
顔を赤くしたまま、いきなりメイスと大盾を構えて突進してくるマキさんに、心の準備ができてない俺は、ろくに構えることもできずに突き出された大盾に弾き飛ばされて意識がどこかへいっちまった。
その後、アキラに膝枕された状態で目を覚ました俺は、体に問題ないことを確認した上で、マキさんと二人でたっぷりと汗を流した。
いい経験を積めたんじゃないかと。
……ほぼ一方的にボコボコにされたけどなっ!?
……あんまりボコボコにされてたせいか、終わった後はみんな優しくしてくれた……。
もっと強くなりたいぜ……。
……《勇者》ユーノ




