第百二十三話:違和感
「確かに、緊急事態ではある。……しかし……」
トールくんと会ってデレデレになってた目が、鋭く威厳のあるものへと変わり、ヘンリーおじいちゃんが語ったこと。
それは、ほんの些細な違和感。しかし、見過ごすには気になることが、ここ最近あったのだという。
上昇志向があるものは、がむしゃらに努力するものや、人のツテを頼って上と繋がりを結ぼうとするもの、上を引きずり下ろし下を踏みつけにして昇り詰めようとするものなど色々様々あるが、そういうものには目もくれず、昇進や向上をあきらめ現状維持に力を注ぐ者もいる。
そんな、生活レベルを維持しつつ老後のために貯金するような街人や、無理な冒険はせず堅実に依頼をこなす冒険者や、儲けも大事だが助け合いも大事と公言する商人などが、上の立場の者と接触しようとしている噂を耳にして、ささやかながら急な方針転換に違和感を覚えたのだという。
街の北に位置する《魔の森》は、いつ《大氾濫》が起きてもおかしくないくらい豊富な魔物が存在している。
そこから東に目を向ければ、内部だけでなく周囲までがダンジョン化している《鉱山》がある。
そこでは無制限に鉱物を採取できるが、無制限に魔物が湧き出す場所でもある。
そんな場所にある《街》だからこそ、いざというときには、南に位置する《王都》を守るための砦にもなる。
その砦が、内側から崩壊するようではいけないと、情報は噂話程度のものまで広く集めていたという。
少し前にあった、《大氾濫》の予兆にも、すばやく人を集めて対処しようとしたと。
……思うように人が集まらず、決死隊などと呼ばれてしまったみたいだけれど。
「これは、確実に上に伝えねばなるまい。しかし、伝える相手次第では、ワシがその黒いゴブリンに取って変わられていると思われるか、相手にすでに魔手が及んでいるやもしれぬ……ううむ……」
苦悩するおじいちゃんに、そうなのか、と思い至る。
伯爵より上の貴族の人とか、お城勤めの偉い人と接触しようとすれば、おじいちゃんがつかんだ「違和感を覚える行動をする人」と同じことをやっちゃうことになるんだね。
…………あれ? これ、大丈夫なの…………?
「いやなに、心配するな。引退し当主の座を息子に譲ったとはいえ、知己は多い。時間はかかるだろうが必ず陛下の耳に入れよう。ワシに任せておきなさい」
「ヘンリー様……おじいさま、手を煩わすことになり、申し訳なく」
「おじいちゃん、よろしくね?」
「ご隠居、よろしく頼む」
トールくん、僕、ミナトが、揃って頭を下げる。
「ご老人、エルフの側からも、お頼み申す。我らの族長も、この度の事態は深刻に捉えている」
『…………そなたに、妖精の《祝福》を』
ステラも真剣な表情で頭を下げたと思ったら、ヤタの体からキラキラ光る鱗粉のようなものがおじいちゃんに放たれて、包み込み、体に溶けて消えた。
「…………なんと、ワシを《祝福》してくださるか、妖精様。…………ありがたい。千の兵を得るより心強いですぞ」
『その分、働けよ?』
「心得ました」
空気扱いしてたヤタに平伏するおじいちゃんに、ちょーっと違和感。
妖精の《祝福》って、そんなにすごいこと?
「妖精様が人を《祝福》する瞬間を見届けることができましたのは、多くの者に自慢できることでございます。その《祝福》を受けた者が、我らの主人とあれば、この上ないほどの喜びでございます。我ら使用人にとって至上の誉れとなりましょう」
執事さんが胸に手を当ててしみじみ語ってた。
その目が潤んでるのを見て、ヤタはすごいことやっちゃったんだなーって、なんとなく分かった。
じゃあ、僕も。
「ねえねえ、おじいちゃん。お肉は好き?」
「……ん? おお、ワシは、美味いものならなんでも好きだぞ? 肉はよく食べるな」
「じゃあ、これどーぞ」
アイテムボックスから取り出しましたるは、じゃじゃん。オークキングのレアドロップ、《天上の豚肉》でございます。
1個が10kgの肉の塊なので、意外と減らないんだよね。
エルフの族長のおじいちゃんには、一かたまり全部あげたけど、全部食べたかな?
「…………こ、これは…………」
あやや? おじいちゃん、固まっちゃった?
「…………ん、んんっ。ミコト様、こちら、本当にいただいてもよろしいので?」
執事さんが恐る恐る聞いてきたので、
「うん。……あれ? おじいちゃん、豚肉は嫌いだった?」
なんか反応がおかしかったので、失敗しちゃったのかも? と思えば、
「豚肉は好物だ。しかし、《天上の豚肉》は初めて見たので驚いてしまってな。オークキングの肉は王家に献上しても喜ばれるものだが、希少部位ともなれば、王であってもめったに口にすることはできまい。とてもよい手土産ができた。感謝するぞ、ミコト嬢」
ちゃんと喜んでもらえたみたいだね。よかったよかった。