第百二十二話:ナイツ伯爵邸
なんだか、メイドさんだけでなく僕やミナトやステラ、トールくんや衛兵のおじさんまで一緒になって、みんなでぐれ太をなでなでする時間になって、しばし。
「…………んっ! んっ! げほんっ! そろそろ休憩にいこうかなーっ!!」
もう一人の衛兵さんが、ふてくされたような言い方でなんか言ってる。
休憩なら、いけばいいんじゃないかな?
あ、なんか、メイドさんがハッとして硬直したあと慌てた様子で姿勢を正して咳払い。それを見た衛兵のおじさんが苦笑してる。
「それでは皆さま、参りましょう」
メイドさんの声、ちょっと裏返ってるけど?
「ぎゃーうー」
(ありがとー)
みんなにたくさん撫でられて、ぐれ太も満足みたいで僕もにっこりだよ。
メイドのカーラさんに案内されて進む。
貴族街というだけあって、建物は大きくて周囲を囲う外壁も高く頑丈そう。外観にもこだわって造ったような煌びやかな建物もあって、目がチカチカしちゃいそう。
足を止めずに、あの建物はあーだこーだと言葉を交わせば、メイドさんがナントカ爵のダレソレ様のお屋敷です。と説明をしてくれるので、退屈せずに移動ができた。
そんな感じで、小さな村がまるごと一つ入りそうな広大な外壁に守られた、ひときわ大きな屋敷……なんかもう、大きすぎてお城みたいなサイズだけど……に到着。
「こちらが、ナイツ伯爵家の邸宅になります。大きいでしょう? いざというとき、ここは住民が避難及び籠城できるよう、広く大きく頑丈に造られております」
誇らしげに胸を張るメイドさんは、その分、維持管理は大変ですけれどね。と笑ってみせた。
「ようこそおいでくださいました。トール様、お連れの皆さま。私は当家の執事のストワルドと申します」
ひときわ大きな屋敷のひときわ大きな門の前にいた初老の男性が、深く腰を折って挨拶してきたので、僕らもそれぞれ丁寧にお返事。
「ここからは、私が案内させてもらいます」
ひときわ大きな門をくぐれば、執事さんが先頭になって案内してくれるそう。
じゃあ、メイドさんは? って思ったら、後ろからついてくるみたい。
「ワイバーンのあなた様は、こちらの芝生でおくつろぎください。後で何か持ってこさせましょう」
「ぎゃーうー」
(わかったー)
途中広い庭の一角を執事さんが手で示すと、ぐれ太はさっそく芝生にごろり。お腹を空に向けただらしない格好でくつろぎモード。
……芝生、大丈夫かな?
お城みたいなサイズの屋敷に入って案内された部屋には、柔和な笑みを浮かべた初老の男性が。
「よく来てくれたぞ、トール。ワシは、ずっと待っていた」
「ヘンリー・ナイツ伯爵様。長き無沙汰をお許しください」
「許すもなにも、お前の父トーマスはワシの息子のようなものだと言っただろう? その子であるお前は、ワシの孫のようなものだ。孫が、こうやって顔を見せに来てくれて嬉しいぞ。ましてや、嫁を三人も連れてきてくれるなど。嬉しくないはずがないだろう? ささ、こちらへ来なさい。話を聞かせておくれ」
なんというか、孫が遊びに来て嬉しくてたまらないって感じのおじいちゃんみたいになっちゃってるよ。伯爵様なんだよね? 貴族の偉い人なんだよね? 威厳とか、どこいっちゃったんだろう? 顔がデレデレだよ?
……てか、嫁って……。僕はまだだけれど、いつかそうなったらいいなって思うだけで、顔が熱くなって胸がドキドキしちゃうよ。
「いや、その、嫁じゃねーし。まだ嫁じゃねーし」
ミナトは顔を真っ赤にしてあわあわしてる。可愛い。
「いや、違うぞ、ご老人。私は嫁ではない。彼の嫁はこちらの二人だ」
ステラはちょっと顔を赤くしてるけれど、意外と冷静な様子。あれー?
「まだ、予定ですよヘンリー様。気が早い。……それより、非常に重要な案件があり参じました。こちらのミコトがエルフの族長より書簡を届けるよう依頼されまして。……ミコト、書簡をヘンリー様へ」
トールくんは、ひ孫はまだか? って感じで鼻息荒くしてるおじいちゃんに苦笑しつつも、表情と態度を真剣なものにしておじいちゃんに向き合い、僕に促す。
僕が冒険者ギルド長にも見せたエルフの書簡を取り出すと……。
おじいちゃん、しょぼーんとしちゃった。
「…………ねえ、トールくん? おじいちゃんしょんぼりしちゃったよ? なんかこう、悪いことしてるみたいだよ」
目に見えて落ち込んでる様子のおじいちゃん見てると、胸がいたいというか……。
「ヘンリー様……、や、その、おじいさまはね、際限なく甘やかしてこようとするから、これでいいんだよ」
以前も、傷心のところ甘々に甘やかそうとするから、このままじゃダメになると思って孤児院の方に世話になったんだって。
「トールよ、お前はワシのことが嫌いなのか……?」
「そうではなく、まずはエルフの書簡を。そうすれば、おれになどかまっていられなくなります。ギルド長も、緊急事態と頭を抱えていました」
しょんぼりしたおじいちゃんにかまわず、執事さんを通じてエルフの書簡をおじいちゃんに渡して読むように促すトールくん。
可愛い孫に言われて渋々読み出すと……。
段々に、目付きが鋭いものに変わっていった。