第百二十一話:十六日目
あれから孤児院に戻って夕飯食べてスキル《浄化》してきれいさっぱりしてから、男女に分かれておねむ。
孤児院でも男女分かれるんだねって思ってたら、こういった《街》だと、兄弟でも男女一緒に寝るのはあまりないんだってさ。
小さな村なら別かもとも言ってたけど。
普段《拠点》では個室だから、年少組の子たちと一緒に寝るのも、なんかいいね。
翌日。孤児院の子たちとお腹いっぱい朝食を食べたら、時間に遅れないように貴族街へ。
「こんにちは」
大きな門のところで立っている衛兵さんに元気よくあいさつすると、
「はい、こんにちは」
昨日の人より年上のおじさんがゆったりした返事をしてきた。
「昨日の人とは違うんだね?」
なんとなく気になったことを、首をかしげて聞いてみた。
「立っているだけって、意外と疲れるものだからねえ。鎧って結構重いしさあ。そんな疲れた姿を、貴族の人に見せることもできないから、不定期で交代しているんだよ」
律儀に教えてくれるおじさん衛兵に礼を言って、今日の用件を伝える。
「はい。お嬢さんたちのことは、ちゃんと聞いているよ。伯爵家の使用人はもう少ししたら来ると思うから、そちらで……いや、ワイバーンは通用門を通過できないから、開門しよう。……開門!」
衛兵のおじさんが声を張り上げると、見上げるほど大きな門が、思いの外スムーズに開いた。
「さあ、通って。中に休める場所があるから、そこで待っているといい。……ワイバーンのきみ、この貴族街で騒ぎを起こしたなら、そちらのお嬢さんたちがひどく怒られることになるからね。大人しくしているんだよ?」
柔和な顔の衛兵さんも、ぐれ太には怖い顔で注意していた。
急に迫力のある顔になるものだから、ぐれ太も首を何度も縦に振っていた。
日陰に用意されたイスに座ってしばらく待っていると、メイド服姿の女性がやってきた。
「ごきげんよう。ナイツ伯爵家に仕える侍女でございます。こちら、トール様ご一行でよろしいでしょうか?」
表情の薄いメイドさんが深く腰を折ってお辞儀するのに合わせて、僕らも一礼。
「……あの、カーラさん、ですよね? 以前お世話になりました」
トールくんとは知り合いだったみたいで、表情の薄いメイドさんは細い目を大きく見開いていた。
……驚いてるのかな?
「……これは、驚きました。以前会った時は6年も前のこと。あの大変なときのことを、よく、覚えておいでで」
「……ええ。世話になった人のことくらいは、覚えておきたいもので」
このメイドさん、若そうだけど30代くらいかな?
……トールくんの知り合いって、女性が多い気がするなー。
それも、美人さんが。
…………むうぅ…………。
なんとなーく、ぷくーっと頬を膨らませていると、メイドさん……カーラさんが、ちょっとだけ困ったように苦笑していた。
「トール様、愛されておられますね。良きことです」
「二人とも、おれにはもったいないほど素敵な女性ですよ。…………といっても、誰にも渡しませんが」
トールくんには珍しい、ゾクッとするような冷たい雰囲気。
その理由は……、愛情だけじゃない、のかな?
「主人に仕えている身としては、味方になってあげることはできませんが……。……応援は、させてもらいます。…………陰ながら、ですが」
笑みを消して、冷たく言い放つカーラさん。
でも、その言葉は表情や態度とは違うようで。
「面倒だな、人間というものは」
少し離れた位置にいたステラが、ため息吐いていた。
「では、トール様方、伯爵家までご案内させてもら……。こちらの、ワイバーンは……?」
「ぎゅっ?」
(なに?)
地面に寝そべってくつろいでた体勢から、お話終わったー? って感じでひょいっと首を上げたぐれ太を見て固まるメイドさん。
「ぐれ太です」
「……なるほど、ぐれ太様というのですね」
「ぎゅう♪」
(そう♪)
名前を呼ばれて嬉しそうなぐれ太を見て、なぜかこちらを見るメイドさん。
「……………………触っても?」
「ぐれ太、触ってもいい? って言ってるけど?」
「ぎゅぎゅうー♪」
(どうぞー♪)
ご機嫌な様子のぐれ太から、ご機嫌な様子の《念話》がきて、なんだかほっこり。
……あれ? もしかして……?
「ぐれ太、おまえ《念話》のスキルレベル上がったのか?」
僕が聞くよりも早く、ミナトがぐれ太を撫でながら問いかけていた。
「ぎゅーうー…………。ぎゅう?」
(どうだろー…………。わかんない?)
あやや、ぐれ太の《念話》が明らかに滑らかになってるよ。
きっと、スキルレベルが上がったんだね。
コミュニケーション取りやすくなったよね。
思わぬ展開に喜んでいると、表情の薄いメイドさんは、では遠慮なく。とぐれ太の体をあちこち撫でていた。