第百九話:小さな石のプレート
「というわけで、お前ら。身分証明になるものは持っているか? 冒険者ギルド、商業ギルド、職人ギルドなどギルド自体は数あれど、ギルドに所属する証はどれも身分証明にはなる。なんなら、貴族の家紋付の品とかでもいいぞ?」
僕やミナトがトールくんにしがみついてから落ち着くまでしばしの間じっと待ってくれていた衛兵のおじさんは、僕らがトールくんから離れるのに合わせて問いかけてきた。
……涙目で鼻こすってから。
「トールくん、冒険者の証ってどんなの?」
「えっと、これなんだけど……」
「……なあ、トール。壊れてないか?」
トールくんが懐から取り出したのは、ネックレス……というよりはドッグタグみたいな、2枚の石製のプレートを紐で括りつけているだけの簡素なものだった。
……で、ミナトが言うとおり、石製のプレートは壊れてしまっていた。
「なんだトールおめえ、まだランク2の石かよ? おめぇの実力なら、ランク3の鉄になっていてもおかしくはねぇだろうがよ?」
「……まあ、その……。ランクが上がると、おれにとっては少し不都合があるので」
衛兵のおじさんから問われて、トールくんは言葉を濁すけれど、おじさんはそれでピンとくるものがあったみたい。
でも、僕らは分からないよ。説明ぷりーず。
「まあ、詳しくは冒険者ギルドで説明を受けてくれ。それと、街の住民とギルドに所属している者以外は門の通行には税が必要なんだよ。1人銀貨1枚なんだが、持っているのかい? お嬢ちゃんたちもだぞ?」
「それくらいなら持ってるよ。……はい、銀貨5枚」
心配げなおじさんの問いに僕が銀貨を取り出して渡そうとすれば、なぜか慌てて手を振っていた。
「いやいや、待て待て。税の徴収は門のところでやっとるんだ。こんなところで渡されたら袖の下って思われちまう。……それよりも、黒髪のお嬢ちゃん? なんで5枚なんだ?」
「1人銀貨1枚なんだから、僕、ミナト、トールくん、ステラ、ぐれ太で、銀貨5枚でしょ?」
「いやいやいや、待て待て待て! ワイバーンを連れて街に入れるわけないだろうがっ!? ダメだぞっ!?」
「えーっ? ……こんなにおとなしい良い子なのに……ダメなの?」
「ぎゅぅー」
(悲)
ぐれ太の分もお金を払えば街に入れるのかと思いきや、ダメだと言われてしょんぼり。ぐれ太もしょんぼり。
「……と、ともかく、俺はワイバーンらしき姿を観測したから駆けつけたのであって、あまり時間が経つと残った衛兵たちが不審に思うだろうから、とりあえず街まで行くぞ」
「はーい」
衛兵のおじさんは馬に飛び乗ってカポカポ。
僕やミナトたちはてくてく。
そして、ぐれ太はのしのし。
「だから、ワイバーンはついてきたらダメだって言っただろうが! 元居た場所に還してきなさい!」
あれー?
「あのさおじさん、ぐれ太は街に行っちゃいけないのは、どういう理由?」
「理由か? ワイバーンはむちゃくちゃに強い上に空を飛べるしブレスも吐ける。対竜特効を持つ対空兵装がないと、1体で街が壊滅する。そんなのが堂々と街に入ってきたならパニックになる。普通は。
……仮に賢くておとなしくても、『ワイバーンは人に危害を加えない』などと認識されちゃあかなわん。理由は他にもあるが、とにかくダメだ」
その理由は理解できなくもないけれど、頑として拒絶されると……。
「ですがドッズさん、従魔登録をしないと、狩り場でこのぐれ太が出てきたらそっちの方がパニックになりますよね?」
「従魔登録か……。……ううむ……」
ぐれ太と一緒にしょんぼりしていたら、トールくんが割って入ってくれた。
「トールくんトールくん、従魔登録ってなに?」
「詳しくは冒険者ギルドで教えてくれるけど、簡単に言うと、ぐれ太やジョンやメグみたいに冒険者と一緒に戦ってくれる魔物のことだよ。登録しておくと基本は街に一緒に入ることもできるし、大型の従魔も一緒に泊まれる宿もあったりするよ。……まあ、従魔がなにか問題を起こしたときは冒険者の責任になるけど」
「登録しないとどうなるの?」
「普通に敵対的な魔物として討伐の対象になるし、連れてきた冒険者にも罰則が掛けられるよ」
えー……。
「それじゃあ、ぐれ太を登録しておかないと、僕は街に入れじゃないのさ。おじさんも、ワイバーンが飛来したと思ったから馬で来たんだよね? そのワイバーンはどうなったって聞かれるよね?」
「あーっ! もうっ! 分かったよ! 分かった! 騒ぎになってもいいならそのままついてこい!」
兜を脱いで頭を掻きむしったおじさんは、やけくそ気味に許可を出してくれた。
「やったねぐれ太~♪」
「ぎゃーう」
(喜)
「……なあ、トール。ほんとに大丈夫だと思うか?」
「ミコトとぐれ太なら、大丈夫だよ。……まあ、少しの間騒がしくなるとは思うけれどね」
「騒がしいのは勘弁願いたいんだが」
心配げなミナトに対してちょっと含みを持たせたトールくんを見て、ステラが諦めたようにため息を吐いていた。