第百八話:衛兵
「お、見えてきたな。あれが《街》か」
鞍を4人掛けに直してからミナト、僕、トールくん、ステラの4人でぐれ太の背に乗り南の方へひとっ飛び。
空高い位置から地上を見下ろす不安感と壮大な景色を同時に味わいながら幾ばくかの時間が過ぎる。
『いいのか?』
ぐれ太にお願いして減速しながら高度を下げているところにヤタが短く言う。それでなにかに気づいたのか、トールくんのちょっと焦ったような声が響いた。
「しまった。ぐれ太、街から離れたところに降りてくれないか? ワイバーンが街に近づいたら大騒ぎになってしまうよ」
「……うーん? そうなの?」
「今のぐれ太がおとなしい子だから、気が回らなかった……。普通は、ワイバーンが1体いると街は壊滅してしまう。空を飛べてブレスを吐けるのはそれだけ強いんだよ」
ぐれ太はそんなことしないけど、他の人からすると関係ないのかな?
「なあ、ミコト。《拠点》にはぐれワイバーンが来たのと同じ状況になるってことだろ?」
「……あ……」
ミナトに言われて、少しだけ納得できた。対処はできたけれども、あのときは確かに大騒ぎになったんだっけ。
「ぎゅうう……」
(謝)
しょんぼりしているぐれ太を宥めてとりあえず地上に降りてもらい、あとは徒歩となった。
「人間は面倒だな」
「エルフの《領域》にドラゴンとか来たら大騒ぎにならないかな?」
「そもそも、邪悪な意思を持つものは領域に入ることはできないから、騒ぎにはならないな」
言葉どおり面倒くさそうに言うステラに聞いてみれば、つまらなさそうな答え。
いやまあ、僕も、移動手段があるのに歩かなきゃならないのは面倒だなって思うけどさ。
「騒ぎになるよりはいいだろ。それとも、ステラはぎゃあぎゃあ騒がれた方がいいのか?」
「む……。賑やかなのはともかく、騒がしいのは好まないな。私は、静かな方が好きだ」
『とにかく行くぞ』
ミナトがステラを宥めれば、ヤタが移動を促す。
ぐれ太もしょんぼりとしたままのしのしと後ろを着いてきた。
そうやって歩いて、10分ほど。
街の方から、なにかが土煙を立てながら迫ってくるのが見えて、みんな自然と警戒する。
「とまれーーーっ! そこの者たち、止まれ!」
馬を走らせながら大声をあげて来たのは、鉄の鎧兜を装備した……兵士? みたいな髭もじゃのおじさんだった。
「お前たち、何者だ!?」
えー、それはこっちのセリフなんだけど?
「冒険者と冒険者登録に来た者です。衛兵長のドッズさん、お久しぶりです」
「《薬草拾い》のトール!? おめぇ生きてやがったのか!? いつものボロい服じゃねえから気づかなかったぜ……。……それで、この者たちは何者だ? 死んだと言われてた冒険者にえらいべっぴんな娘っ子2人にエルフにワイバーンに妖精様のご一行。どこをどう見ても尋常じゃあねぇぞ?」
あれー?
「それとおめぇ、トールよお。なんで戻ってきやがった? てめえの状況と残されたヤツらのこと、ちゃんと理解してのことか?」
まるで、トールくんが生きていてはいけないような口ぶりに、カッとなる。
「……ええ、理解しています。あの子たちのことも大事ですけど、それよりも重要なことが起きていますから」
けれど、冷静なトールくんの言葉で沸き上がった怒りも沈んだ。
「トールくん、どういうこと? これじゃまるで、トールくんが戻ってきちゃあいけないみたいだよ?」
だからといって、生還した相手にかけるにしてはひどい言葉を聞いて、心穏やかではいられなくなるわけで。
「なんだトールてめえ、お嬢ちゃんたちになんも説明してねぇのか? あのな、お嬢ちゃんたち」
「いえ、ドッズさん、それはおれから説明します。あのね、ミコト、ミナト、怒らないで聞いてほしい」
そうやって語られたのは、冒険者になった者への特典の1つ。
冒険者が稼いだお金を、冒険者ギルドで預かってくれるというもの。
危険な職業である冒険者は、いつ命を落とすか分からない。だから、冒険者に何かあった場合、ギルドに預けてあるお金は指定した受取人に渡される仕組みになっているとか。
その際は、ギルドからも見舞金が上乗せされるという。
今回のように、クエストに挑んで未帰還となった場合、死亡したと判断されれば速やかに受取人にお金が渡されている場合もあるみたいで。
けれど、見舞金欲しさに死亡を装って別行動を取り、別の場所で名前を変えて新たに冒険者登録したケースが過去にあったとかで、死亡未帰還を装うなどの違反があった場合は受取人に罰金が課せられるという。
だから、衛兵のおじさんも、どうして帰ってきたのかと問いただしたみたい。
……でも、だからって、そんなの……。
「……そんなの、ひどいよ……。生きていたのに……」
「ミコト、ミナト、気持ちは嬉しいよ。でも、泣かないで」
涙がこぼれるのを止めることができずにしがみつく僕とミナトに優しく声をかけるトールくんを見て、ステラもまた、ぐすっ、としゃくりあげていた。
(……うんうん、そうだよな。せっかく生きていたのに、罰が下されるなんて、間違ってるぜ……。でもなあ、悪りぃこと考えるヤツはどこにでもいるんだよなあ……。それに、帰還した新人冒険者の娘っ子どもの泣きわめく姿見ただけで調査せず決めつけるギルドの方も、問題っちゃあ問題だよな。……ええぃくそうっ。おっちゃんもらい泣きしてしまいそうだぜ……。バカやろう、心配かけやがって……。……ぐすっ)