第百三話:~っぽいもの
北西の樹木区画で虫系魔物の卵を生産できると知ったあと、エルフの母娘と少し相談。
拠点の土地の具合をじっくりと見定める必要があると言うのは、母のリラ。
理路整然と土の具合を語ってみせるその様子は、普段のおっとりとした様子からは想像もできないほど。
エルフの《樹宝》……食べるとステータスの基本値が上昇するとっても美味しい食材……を栽培するにふさわしい場所を探し、仮に拠点内になければどこか一角を専用スペースにして栽培するとのこと。
こちらからは、虫系魔物の卵の扱いやテイマーに関して聞いてみる。
けれど、専門家ではないからと明言は避けられちゃった。
でも、ハニータンクやミードビー、ハニーアントなどの卵を《生産》できるかもと言ったら、目の色変えて「族長にインセクトテイマーの追加派遣を申請します!」と訴えていたよ。
ハニータンクの蜜は上質なもので、ミードビーはハチミツ酒のミードを作れるみたい。ハニーアントの蜜は回復効果があるんだってさ。
インセクトテイマーっていうのがなんなのか分からなかったけれど、虫や虫系魔物をテイムできる職業みたいだね。
……なんか、エルフでもあまり人気無いみたいだけれど。
インセクトテイマーかあ……。
ゴスケさんがテイムできるようになるといいんだけどね。
さて、いよいよ北のキノコ・毒草区画にやって参りましたよ。
「うわぁ…………。…………な、なあ、ミコト? なんか、ここだけ異界化してないか?」
北側のキノコ・毒草区画には、拠点の建物と北西の樹木が日陰を作るように配置して、それでもきっと足りないからと直接日陰を作るために木を何本か植えている。
その木々は、樹種が変わってしまったかのようにねじくれたり渦を巻いたりしていて、葉には紫色の毒々しい色のイモムシや毛虫がたくさん。
他には、各種手乗りサイズの血のような赤色のアリやまだら模様のカエルや縞模様のクモなどが生存競争に勤しんでいた。
……きみたちはどっから来たんだい?
地面に目を向ければ、採ってきて植えた毒草やキノコの他、見たこともない草花にやたらカラフルなキノコなんかが勝手に生えていて、カボチャの実のようなやつが突然ガバッと口を開いてケタケタ笑い出したり、風船みたいにパンパンに膨らんだ丸いキノコがふしゅーっと胞子を吐き出したりしていた。
その胞子が木漏れ日を浴びてむやみやたらにキラキラ煌めいていたりして、不安を誘う光景が広がっている。
……間違っても幻想的じゃない。
妙に甘ったるい香りがする方に目を向ければ、ウツボカズラっぽい大きな植物が見上げるほどに成長していて、補虫袋と呼ばれる壺っぽい部分の蓋になっている葉っぱをめくれば、毒々しい色合いの誘引剤を兼ねた消化液がコポコポ沸騰するように泡立っていた。
……いやなにこれ!? 普通に怖いんだけれど!?
ミナトと抱き合って、ガチで震える。
「……な、……な、なにこれっ!? なにこれぇっ!?」
「……怖い……怖いよう……」
安全なはずの拠点の一角が、まさかの異界化していた。
「まあまあ、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。小さい虫は基本的に逃げていくし、草や蔦は人間を襲ったりしないし、笑ってるカボチャは火を着けなきゃ無害だし、キノコは胞子を吸わないと大丈夫だから」
僕とミナトが抱き合ってガタガタ震えていると、トールくんが苦笑しながらも慰めてくれた。
「それよりもさ、図鑑でしか見たことがない希少な植物やキノコがたくさんあって、面白いよ? ……普通の人は気持ち悪いと思うかもしれないけど」
「……なんか、あの、イスみたいな大きさでエリンギみたいな形のキノコ、動いてるように見えるんだけど……」
『アレは《歩きマッシュ》っていう無害な魔物だな。養分を求めて移動するがそれだけだ。毒を取込み進化すると毒の胞子を吐き出す危険な種になるものもいるがな』
「なんで拠点の内側に魔物がいるのさっ!?」
『知るか。普通の虫や草が環境に適応したんだろ。…………ああ、骨どものうち1体がよくここに来てなんかやっていたな。興味がないからなにしてるかまでは確認しなかったが』
「ちょっ!? なにやってるのゴスケさーんっ!?」
「……怖いよう……怖いよう……」
ゴスケさんの謎がまた増えた。
僕が叫んだせいか、どこからか飛んできたゴスケさんが目の前に着地して、呼んだ? とばかりに首をかしげていた。
……あ、1号だ。
「ちょっとみんな、あそこに生えている葉っぱを見てくれないか?」
僕がゴスケさんに抗議しようとする前に、トールくんがなにかに気づき警戒した様子で指をさす。
その先には、ニンジンのような葉っぱと、その周囲には雑草ひとつ生えてない不自然な空白が。
『お、トール、よく分かったな。知識もそうだが、よくアレに気づいた』
珍しいといえるほどヤタが褒めていた。
「ヤタ、アレは、マンドラゴラ、だよね? 二足歩行する悪魔の植物といわれていて、土から引き抜くと麻痺する雄叫びの《ショックハウリング》という叫びをやってくるんだ」
『そう、その通りだトール。だから、麻痺と音波に耐性を持つアクセサリを装備したりスキルを取得してからじゃないと、麻痺している間に殴り殺されてしまう強くて危険なニンジンだ。中級くらいの魔法薬の素材や儀式の贄として添える場合もあるか』
そんな危険なもの、どうしたらいいのかとおろおろしていると、ゴスケさん1号が葉っぱの部分を無造作に掴んであっさり引っこ抜き、叫ぶ前に爪でサクッと撃破していた。
みんなが唖然としている中、仕留めたマンドラゴラをスキル《錬金術》で3粒の種に変換してまた何事もなかったかのように植え付けていた。
……えっ? それ増やすの? 危なくない?
あまりにも堂々としているゴスケさんに声をかけることもできずに固まっていると、いつの間にか手にしていたジョウロでマンドラゴラの種を植え付けた場所に水をやっていた。
……えっ? そのジョウロどこから持ってきたの?
ゴスケさんの謎がまた増えた。
・ポイズンキャタピラー:大きさ20cmほどの毒を持つイモムシ。毒鱗粉を持つ蝶に進化する
・ポイズンニードルキャタピラー:大きさ40cmほどになる無数の毒針を持つ毛虫。強い毒や麻痺の鱗粉を撒き散らす危険な蛾に進化する。
・ブラッドアント:血のような赤色の蟻酸を吐くアリの魔物。蟻酸を弾のようにして吐き出す遠距離攻撃を繰り出す。
恐ろしげな見た目ほど強くはないが、酸がやっかい。
補食対象は虫。
・まだらガエル:体表から毒液を分泌して捕食者に対抗するカエル。分泌された毒液は他の毒や酸だけでなく火や乾燥にも強い。また、舌からも毒を分泌して補食する相手を急速に弱らせる。
補食対象は虫。
・ポイズンスパイダー:強い毒を持つ蜘蛛。アゴで噛みついて獲物に毒を流し込む他、蜘蛛糸を毛糸玉のように先端をまとめて麻痺毒を付与し、鎖分銅のように投げて相手の動きを封じる蜘蛛。サイズが違いすぎるので人間は襲わない。
補食対象は虫。
・歩きマッシュ:養分を求めて移動するために、地面に接する石突きの部分が足のように変化した植物系の魔物。
人を襲うことはないが、埋葬された遺体の地表部分から土地の養分を吸うことはある。
基本無害だが、進化の過程で有害になる場合はある。
軸の部分も含めて食用可。
・ウォーキングウィード:歩く雑草。「歩き草」の通称の方が有名。根が足のようになっていて水や栄養を求めて移動することがある無害な魔物。
肥沃な土地に長くいると美しい花を咲かせることがある。
・デモンカズラ:自立行動できるように進化したウツボカズラの魔物。自在に動く蔓状の体で鞭のように打ち据えたり締め上げたりする他、補虫袋の中から誘引剤を兼ねた消化液を飛ばしたり液の香りで正気を失わせたりする。
ゴム質の柔らかい体には打撃はもちろん斬撃も効きにくいため、移動速度が遅い点を利用して速やかに逃げることを勧められる危険な存在。
・笑いカボチャ:生長し実が成ると、ケタケタ笑うカボチャになる。とても栄養があり美味しいが、ヘタの部分に火を付けると、爆裂し、鉄の盾も貫く非常に固い種を周囲に撒き散らす。食用として、長く保存できる。
・マンドラゴラモドキ:植物系モンスター《マンドラゴラ》によく似た葉を持つニンジン。効能はない。生で食べると独特の臭みやエグ味があるが、熱するとほのかな甘味に変わる。食用として、長く保存できる。
・マンドラゴラ:見た目は赤黒いニンジンだが根の先が二股に分かれていて足の役割を果たし顔や腕にあたる部分も存在する悪魔の植物と呼ばれている植物系の魔物。
土から引き抜くと麻痺効果のある叫び《ショックハウリング》によって麻痺状態になるだけでなく大き過ぎる音で鼓膜が破れたり気絶したりするので、麻痺や音に耐性を持つ装備を整える必要がある。
呪いの儀式や状態異常・ステータス一時低下を引き起こす危険な魔法薬の素材になる。
食用可。精製次第では薬にもなる。
埋まっている状態での普通のニンジンやマンドラゴラモドキとの違いは、周囲の不自然な空白。周辺の栄養を根こそぎ奪い取るからそうなる。




