第一話:スイッチ・オン
禍福は糾える縄のごとし
それを楽しむか否か。
医療分野において、身体を動かせない患者やお年寄りの、最期までの時間を慰めるために発展した、フルダイブ型VR技術。
それが、一般向けに改編されて進化した、ゴーグル型VR機器。
その最新型がゲーム専用機として開発され、対応するゲームも、開発されている。
タイトルが『Another Eden Online』というその新しいゲーム。今は、βテストという段階を迎えており、実際にゲームをプレイして、不具合などを洗い出しする作業に移っているのだという。
その、ゲームをテストする人をβテスターというらしく、一般公募で選ばれるのだとか。
つまり、最新のゲームを先行してプレイできるということ。
僕の手持ちには、何年も遊んできた古いゲームしかないため、この最新ゲームのβテスターに応募してみたところ、見事当選。
ゴーグル型のVR機器が家に届いたところだった。
今時珍しい紙の説明書、それも、一部手書きや、説明文自体に横線が引かれ、赤で殴り書きされている部分もあった。
……これ、スタッフ用の説明書、しかも清書前のヤツなんじゃ……?
そう思うと、どう見ても新品のVRゴーグルも、なんともあやしく思えてくるもの。
まあいいか。
メーカーに問い合わせて送り返して新しく一式を送ってもらって。それは、どれだけ時間が掛かるのか?
ならば、少し……いやかなり……あやしいけど、新作ゲームを先行プレイ出来る方を優先するのがゲーマーというもの。
……と、親の都合で引っ越していった友人の、知人の隣の家に住む他人のそっくりさんが言っていたそうな。誰だよそいつ?
変なことを思い出したけど、今時珍しい紙の説明書をしっかり読んで、メーカーに苦情をしたためた上で、VRゴーグルを被りスイッチを入れる。
《now lordling》
……ん? なんか、ロードの字違くない……?
《なうー、ろーてんぐ》
ひらがなになった!? しかも字違うし!?
《ナウなヤングにバカウケなスタイル》
……よし、ツッコまないからね。
《ちぇー》
あれ!? 会話が成立してる!? 声に出してないのに?
《ベッドかふとんかモフモフの上で横になってよ》
あ、僕は毛がチクチクするの苦手なんだ。かゆくなるから。
《チッ!》
やっぱり会話が成立してるし……
《冷暖房は適温に設定しなよ。バイタルの変動はアバターに影響を与えるからさ》
ずいぶん気安いね。気楽でいいけどさ。
《ちゃんと水分は摂った? ごはん食べた? トイレは済ませた? やることやっとかないと、あとで大変なんだからねっ! ……べ、別に、あんたのために言ってるんじゃないし。あとでメーカーにクレームが来ないように注意してるだけだし》
これが世に言うツンデレかー。……普通に言えばいいのに。
《なうー、ろーでーん、もう少しだにゃー》
……ツッコまないからね。
『バイタルデータの読み取りが完了しました。お待たせいたしました。キャラメイキングに移行します』
うわっ?
急に落ち着いた女性の声でアナウンスが聞こえて、びっくりした。
《くくく……思った以上に可愛い声だね》
よし、ケンカ売ってるんだね? 言い値で買うぞ!
『ダイブ・イン。新たなエデンへ、行ってらっしゃい』
妖精とは、本来イタズラ好きな存在。