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明星は漆黒の宇宙に冴える  作者: 藤田大腸
第三章 自覚
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08. 阿比野明、願い事をひとつ増やす

 今晩の阿比野家は月見屋食堂で夕ご飯を取ることになっていた。「御用聞き」が終わる午後七時にはもう腹の虫が鳴りっぱなしできつかった。まあそれこそが生きてる証拠と言えるけれど。


 月見屋食堂に入った私たち家族はテーブル席に通された。土曜日の晩だからほぼ満席で賑わっている。


 注文をしている最中に奥の座敷席からは女性のけたたましい笑い声が響いてきて、正面に座っていたおじいちゃんが顔をしかめた。


「今どき女性はつつましくおしとやかで無ければいかんというものではないが、やっぱり不愉快だな。(あき)はああなっちゃいかんぞ」

「うん、ちゃんと反面教師にするよ」


 しばらくしたら注文した料理が来た。注文を届けてくれた店員さんたちの中に、見知った顔があった。


「お待たせしましたー。あ、毎度お世話になってますー」


 法月(のりづき)みのりさん。この月見屋食堂の看板娘で、高等部の先輩だけど小さい頃から家族ぐるみでつき合いがあるので幼馴染のような間柄だ。


「豚しょうが焼き定食四人前ね。はいアビーちゃん」

「どうもー」


 昔は明ちゃんって呼んでくれてたけど、周りがアビーちゃんアビーちゃんと呼ぶにつれてみのりさんまでアビーちゃんと呼ぶようになった。


「あっ、そうだ。みのりさ――」

「「「ぎゃーはははははーーー!!!!」」」


 話しかけようとしたら、また座敷から大きな笑い声が飛んできた。


「ごめんねアビーちゃん、今日ね、ソフトボール部が新入生歓迎会をやってるんだ」

「ああそっかー。でも賑やかすぎませんか?」

「今年は部員がたくさん入ったからねえ」


 ソフトボール部は最近強くて、今年の初めに何かの大会で優勝したと聞いている。そのおかげでそれなりにたくさん入部希望者がいるようだ。


 それはさておき、私はもう一度話しかけた。


「みのりさん、確認だけど来週土曜の昼はばっちり?」

「ボラ部の歓迎会の件ね。ちゃーんと座敷席を抑えてるから安心して」 


 みのりさんは「んじゃね」とサムズアップして、仕事に戻った。


「今年も明が歓迎会の幹事をやるんだ」


 お兄ちゃんが言った。


「なかなか大変な仕事だろうけど、その分自分の実になるからね。しっかりとやりなよ」

「うん!」


 お母さんが「はい、じゃあみんな合掌して」と言い手を合わせた。どこで食べようとも食前詞は欠かさない。


 瞑目する直前、みのりさんが超巨大ジョッキを両手で抱えて座敷に向かうのが見えた。その中身はビールじゃなくパフェだったが……。


「食物は天の恵み、地の恵み、水の恵み。今日また――」


「「「うわーー!!」」」

「ノリさん、このパフェマジでシャレになんないっスよ!?」

「本当に一人で食べるつもりですか!?」

「さっき唐揚げの大盛りを食べたばかりですよね!?」

「おう! 後輩ども、あたしの食いっぷりをよーく見とけ!!」

「「「うおおおーー!! ノーリ! ノーリ! ノーリ!」」」


 お母さんは大きく舌打ちして立ち上がった。あ、これはまずい……。


 お母さんは怒ったらめちゃくちゃ怖いのだ。今は宗教家だけど、若い頃はヤンキーだったらしいから……。


「すみません、もうちょっと静かにお願いします!」

「「「はーい」」」


 すんでのところでみのりさんが注意してくれて、すぐに喧騒が収まった。お母さんはお兄ちゃんになだめられて席に着き直した。サンキュー、みのりさん。


 お母さんはスーッ、と深呼吸すると、笑顔を作った。ちょっと無理やりっぽく。


「じゃ、仕切り直すよ」


 *


「ごちそうさまでした!」

「毎度ありがとうござます!」


 みのりさんに見送られて、私たちは食堂を出た。


 もうこの時間帯になると飲食店を除いてシャッターを下ろしている店舗がほとんどで、人の往来も無いに等しい。へべれけになったおっちゃんが千鳥足で歩いているのを横目に、家へと足を向けた。


 食事の最中、私は冴島える先輩のことをいろいろと話していた。私の知り合いの中で初めて神殿の間に上がってくれた人だから、その嬉しさを家族に共有して貰いたかった。


 それに絡めて、おじいちゃんが昔話をしてくれた。星花女子と空の宮教会との繋がりを。といっても何度も聞かされたことなので、内容はすっかり覚えてしまっていた。


「終戦の翌年、わしの父がこの地に教会を建てた年に星花女子学園ができてな。当時は教会の周りには田んぼしかなかったから目立っていて、教職員と生徒が物珍しさに見に来ておったそうだ。そのうち神殿の間を生徒の自習や教職員の研修の場として貸し出すようになった」

「結構深い関係にあったんだねえ、星花女子とは」

「そうとも。お前もこうしてこの世に生を受けたのは、星花女子のおかげぞ」


 私のひいばあちゃんは星花女子の第一期生で、教会通いを続けているうちにひいじいちゃんに惚れて卒業後にそのまま結婚した。もっともひいばあちゃんの方は名家の生まれだったために親からは胡散臭い宗教家との結婚はけしからんと大反対されて、ついには実家から絶縁されたと聞いている。


 その後商店街が整備されていき、ひいじいちゃんも街づくりに力を尽くした。そのおかげで信奉者の数が増えたという。その副作用で星花女子の関係者の足は遠のいてしまい、いつしか誰も来なくなった。


 そしておじいちゃんに代替わりしてから信奉者の数は少しずつ減っていって、今ではもう数世帯しか教会に足を運ぶ人はいない。おじいちゃんは自分が至らなかったせいだと言うけれど、それは違うと思う。そもそも教団全体の信奉者が全盛期の四分の一まで減っていることを、私は知っていた。原因はいろいろあるけれど、どれも時代の流れ、の一言で片がつくものだ。


 アーケードを抜けると、おじいちゃんは天を仰ぎつつ、こう言った。


「久々に星花女子の子がやって来たのは、『教会の基本に立ち返れ』という初代教会長先生(わしの父)の言葉かもしれんな」


 私も頭を上げた。今日は雲ひとつなく、数多の星がまたたいている。


 える先輩も今こうして、空を眺めているのかな……。


「あの子との縁を大切にしてやってくれよ」


 おじいちゃんが私の肩に手をおいた。


「うん!」


 える先輩と、もっともっと仲良くなりたい。神様へのお願いごとがまたひとつ増えた。


 *


 とはいえ神様は努力する人間の願いを叶えるもの。私はえる先輩との仲を深めるべく、行動に移すことにした。


 月曜日、私はいつもより早く家を出て、日課の阿弥陀堂、神社参拝を済ませてから、以前にえる先輩と別れた曲がり角のところに向かって待機した。先輩と合流して一緒に校門をくぐるのが今日の第一目標だ。


 だけど待てども待てども先輩は来ない。スマホの時計を見ると、予鈴が鳴る時間まであと十分を切っていた。学校まではすぐの距離だから充分間に合うのだけれど、ちょっと焦りが出てしまう。


「あっ……明ちゃん?」


 おっ、来た来たっ。


「える先輩、おはよーございますっ!」

「え、あっ、おはようございます……」


 先輩はぎこちない仕草で頭を下げた。


「わざわざ私を……?」

「はい。一緒に行きましょう!」

「あ、ありがとうございます……」


 私たちは肩を並べて、というより身長差があるから肩と頭が並んでいる状態なのだが、とにかく二人一緒に歩き出した。


「今日も良い天気ですね!」

「はい……」

「学校に行くのが勿体無いぐらいですね!」

「……」


 ありゃ、無反応だ。答えづらいネタだったかな。


 もう学校は目の前に見えている。私は話を変えて、一昨日頂いたお菓子の感想を伝えようとした。



――チリンチリン!



「あっ、危ない!」


 私の体は柔らかいものに包まれ、民家の塀に押しやられた。


「バッキャロー! 一列で歩け!」


 自転車を漕いでいる老人が追い抜きざまに私たちを罵倒した。追い抜きざまということは、老人の自転車は右側を走っていたということ。どっちがバッキャローだかこのクソじ……いやいや、こういう場合は老人の心が治るように神様に願わなきゃダメだ。


「ああっ、ごっ、ごめんなさいっ、つい……!」


 大きな体で私を包んで守ってくれたえる先輩が、顔を真っ赤にして私から飛び退いた。


「いえそんなっ、ありがとうございます!」

「い、行きましょうか……」


 先輩の感触がまだ生々しく残っている。不健康そうな外見と違って柔らかく、暖かかいものが残っていた。


 私は話したいことが頭の中からすっかり抜け落ちてしまった。

今回ご登場頂いたゲストキャラです。


法月みのり(登美司つかさ様考案)

主な出演作『君色を満たして』(登美司つかさ様作)

https://syosetu.org/novel/149016/

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