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明星は漆黒の宇宙に冴える  作者: 藤田大腸
第二章 まるで明星のような
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06. 阿比野明、お願いごとをする

「あ、阿比野さん……? よかった、ここで間違ってなかった……」


 冴島先輩はか細い声で言った。


「冴島先輩、どうしてここに」

「明。まずは挨拶しなさい」


 おじいちゃんに叱られて私はハッ、とした。


「ようこそお参り下さいました」


 私は座ったまま礼をした。


「お、お参りだなんてそんな……わ、私はただ阿比野さんにお会いしたくて……」

「ふむ、わしは退()いた方が良さそうだな」


 おじいちゃんは居間に続く障子戸を開けて退出した。


「あ、先輩。どうぞ上がってください」

「じゃあ、お邪魔します……」


 冴島先輩は靴を脱いで上がった。手には紙袋をぶら下げている。私は隅に置いてあった座布団を取ってきて敷いた。


「どうぞ、お座りください」

「ありがとうございます……」


 冴島先輩は座布団の上に正座した。正対する先輩の姿はやはり大きい。


 先輩が紙袋から、きらびやかな包装紙に包まれた箱を取り出した。


「この前はご迷惑をおかけてしてすみませんでした……そのお詫びと言っては何ですがこちらを……」


 差し出されたのは汐見(しおみ)市の銘菓「黒潮の(かおり)」だった。海水から採った天然の塩のほんのりした辛味があんこの甘味を引き立てていて、土産物として人気を誇る絶品の和菓子だ。


「そんなに気を遣って頂かなくても……でもせっかくですから、頂きます」


 私は丁寧に受け取った。


「生徒会の方に阿比野さんのお家を教えてもらったんですけど、まさか三元教(みつもときょう)の教会だったなんて思いませんでした……」

「いきなり大きな広間が目の前に現れたから、驚いたでしょ? 私も先輩が来てくれて驚きましたけど」


 だって何の前触れも無しにやって来たのだし。しかも正面玄関から入って来た。初めて教会(我が家)を訪れる人は、大概側面玄関の方から入って来るのに。


「あ、頂いたお菓子ですけど、先に神様にお供えしていいでしょうか?」


 万が一他宗派に対して排他的な宗教を信仰していたり、極度の宗教嫌いだったりする可能性があるので、一応尋ねてみた。


「はい、どうぞ……」

「それじゃ」


 私はお菓子を祭壇の前に供えて深々と座礼し、また先輩のところに戻った。


「参拝のお作法が独特ですね……」


 冴島先輩の視線は祖霊舎(それいしゃ)、すなわちご先祖様を祀る祭壇の方にある看板に向いている。それは「三礼九拍手一礼九拍手一礼」の作法をイラストで示したものだ。非信奉者向けの説明だけど悲しいかな、うちの教会にわざわざ非信奉者がお参りしに来ることはまずない。近所に住む響ちゃんやみのりさん、茉胡里(まこり)さんにひかりさんだって同じだ。


 だけど冴島先輩は現にここにいる。自然と、私の口からこんに言葉が衝いて出てきた。


「良かったら、お参りしていきませんか?」

「えっ……」


 やっちゃったかな、と思った。教団への勧誘だと受け取られたらかもしれなかったからだ。


 でも先輩は、自分を指差して仰った。


「いいのですか? 私なんかが……」

「あ、はいっ。うちの宗教は宗派問わずいつでも、誰でも神様にお祈りができるんです」

「そうですか……じゃあ、阿比野さんとご一緒に……」


 私は喜んで、冴島先輩を祭壇の前に招いた。


 正面の祭壇の最上部には赤、緑、青の三種類の御幣が飾られていて、それぞれ三元教のご祭神である天之元神(アメノモトガミ)地之元神(ツチノモトガミ)水之元神(ミズノモトガミ)を示している。そのことを軽く説明してから、拝礼に入った。


「私の見よう見まねで構いませんので」

「あの、お賽銭は……」

「必要ないです。三元教はノー課金でプレイできますよ! こっちの意味のプレイですけど」


 私は手を合わせると、"play"と"pray"の掛詞を理解してくれたのか、先輩はクスクスと笑ってくれた。その笑い方は何とも言えない程に可愛らしくて、私も余計に顔が綻んでしまった。


「それじゃ、私に続いてください」


 深々と三礼。


 二つの拍手の音が重なって、神殿の間に響く。パンパンパン、パンパンパン、パンパンパンと。


 一礼。今日も無事学園生活を送れたことへの感謝。おじいちゃんのお説教を受けての反省とお詫びの言葉。そして。



――先輩ともっと仲良くなれますように。



 普段の夕べの祈りでの願い事は明日も無事一日を過ごせますように、ぐらいで終わるけれど、今日は全く違う。神様たちが私の心の中に手を突っ込んで引きずり出したように、冴島先輩のことを強く願っていたのだ。


 頭を上げて九拍手、最後にもう一度、一礼。


「何だか、スッキリした気がします……」

「ありがとうございます。神様たちもきっと喜んでいますよ」


 冴島先輩はゆっくり立ち上がった。


「あの……もし迷惑じゃなければ、またここに来てもいいですか……?」


 その一言が、私の胸を躍らせた。


「ぜひぜひ! 神殿の間は二十四時間開けっ放しなので夜明け前だろうと真夜中だろうといつでもお参りに来てください!」

「そ、そんな時間帯はさすがに無理ですけど……」


 先輩を見送った私は、とても晴れやかな気分になっていた。


 でもどうして、私は先輩ともっと仲良くなりたいと思ったのだろう。



 * * *



 三元教がどういった宗教なのか全くわからない。それでも阿比野さんからお参りしないかと誘われたとき、拒絶せず受け入れた自分がいた。


 なぜだろう。



――阿比野さんともっと仲良くなれますように。



 私はなぜ、このようなお願いをしたのだろう。


 ろくに友達もいない私が。いったい、何でだろう。


 また教会に足を運びたい。そんな気持ちになるのは何でだろう。


 いつもモヤモヤを抱えている心の中に、全く違う何かが染み入っていくのを私は感じた。

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