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明星は漆黒の宇宙に冴える  作者: 藤田大腸
第二章 まるで明星のような
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05. 阿比野明、説教される

 あれから八尺様の目撃談はピタッと止まった。それもそのはずで、八尺様の正体、冴島先輩が天文部の部室に近づかなくなったからに他ならない。


 人目を忍んで星の鑑賞ができなくなったことに対して、私は気の毒に感じていた。チラホラと「きっと成仏したんだ」とか「取り憑かれなくて良かった」といった声を耳にするたびに申し訳なく思う。でも放っておいたら生徒たちがパニックになっていたかもしれないし、複雑な気持ちだ。


 先輩に新しい居場所が見つかればいいのだけれど……。


 *


 まさか生徒会が情報を漏らすとは考えられないし、橘さんや二階堂先輩もそんなことをする人とは思えない。


 だけど現実に、私は八尺様を除霊したヒロインとして祭り上げられてしまっていた。


 きっかけは新聞部の取材だった。名前はど忘れしたが、高等部と中等部の記者のペアがいきなり教室に押しかけてくるなり、


「神の力で八尺様を除霊されたそうですが、そのときの様子を詳しく教えて頂けませんか!」


 と大声で。もう教室中は大騒ぎになった。私は必死こいて否定しまくって。最後は「知らないって言ったら知らない!」って半ばキレ気味で記者を無理やり追い返した。


 ペテロがイエスの仲間だろうと周囲に三度問い詰められたときも、こんな心境だったのかもしれない。もっともペテロはイエスに「お前はニワトリが鳴く前に三度私のことを知らないと言う」という予言を思い出して泣いたけれど、私だって泣きたい気分だった。


 校内新聞に載ることは無かったものの、周りはすっかり私が八尺様を退治したと思い込んでしまい、中には私も悪霊に取り憑かれてるっぽいからお祓いしてくれだの、自分の守護霊は誰なのか教えてくれだのとお願いするのもいて、果ては私を拝み倒す子まで出てきたのだ。


 八尺様事件は当事者みんなが棺桶まで持っていく話だったのに、どうしてこうなっちゃったのやら……。


「お家が宗教やってるといろいろ大変よねえ」


 隣を歩く響ちゃんの言葉には、皮肉の色は無かった。この子だけには八尺様事件の真相を話していたけれど、気を遣ってくれたのか、今日は一緒に帰ると言い出したから一緒に帰路についていた。


「神様を祀ってるだけで、エクソシストみたいなことができると思ってるからタチが悪いよ」

「まあまあ。人の噂も七十五日って言うし、そのうちみんな飽きるわよ」


 やっぱり、風化を待つしかないか。


 私たちは野宮神社分社の境内に入っていった。鳥居と小さな社だけの簡素な造りだけれど、手入れは行き届いている。


「それじゃ、アタシも」


 響ちゃんは五円玉を賽銭箱に放り込んだ。


 二礼、二拍手。



――早く八尺様騒動が終わりますように。



 一礼。


 私の拝礼が終わっても、響ちゃんはまだ瞑目したままで手を合わせていた。だいたい私の倍以上の時間を費やしてお祈りしていたと思う。


「ごめん、待たせたわね」


 私は聞かなかったけど多分、恋人のこととか、お爺さんのこととかいろいろお願いごとをしていたのだろう。特にお爺さんは最近体調を崩しがちになっていると聞いていたから、私も心配していた。


 それから阿弥陀堂にもお参りして、商店街に戻って、響ちゃんの実家である「夜ノ森書店」のところで私たちは別れた。


 商店街東口のアーケードを抜けて左手に曲がって、二軒先にあるのが見た目だけは古びた一軒家。これが実家の三元教空の宮教会だ。玄関は二つあって、大きい方の正面玄関は信奉者たちが出入りするところ、小さい方の側面玄関は家族や信奉者以外の来客者が出入りするところになっている。


 ちなみに往来の多い大通りに面している方に側面玄関が設置されているために、他宗教の勧誘が民家と勘違いしてやって来ることがしばしばある。全く笑えない笑い話だ。


 私は側面玄関から家に入った。


「ただいまー!」

「待っていたぞ、(あき)


 教会長先生である、私のおじいちゃんが腕を組んで待っていたからびっくりした。


「あれ……今日はおじいちゃんが『御用聞き』している日じゃ……」

「良いから神殿の間に来なさい」


 私は理由がわからないまま、とにかくおじいちゃんの言うことに従った。


 三元教の教会はどこも「神殿の間」と呼ばれる参拝の場がある。その造りは教会によってマチマチだけれど、三元神様、教祖様、ご先祖様ないし歴代教会長先生を祀る祭壇が必ず鎮座している。


 空の宮教会の神殿の間は和風造りの広間になっていて、祭壇が鎮座している神床の一段下が畳敷きになっている。広さにして三十畳分で、正面玄関から直接出入りが可能だ。しかもここだけは二十四時間開けっ放しにしているから、いつでも神様にお祈りに来れる。


 神殿の間にはさらに、一部出っ張った箇所がある。この中は「お詰所」と呼ばれる一畳ちょっとの小部屋になっていて、教会の教師はここで待機している。悩みを抱える参拝者たちはこの中に入って教師に相談し、教師は参拝者が助かるよう導き、神様に祈る。この行為を三元教では「御用聞き」と呼ぶ。参拝者が持ち込む相談事を「用事」に見立てて、「用事」を片付けるのは教師の最も重要な仕事の一つとされている。


「入りなさい」


 私は言われるがまま、お詰所の中に入れられた。和室だから当然正座だ。


 机一枚隔てた向こう側に、おつとめ着である紋付袴を着たおじいちゃんが座る。本来なら教師の方から「御用は何ですか」と聞くのだが、おじいちゃんは違う言葉を発した。


「明よ、お前は学校で化け物退治をしたと吹聴して回っているそうだな」


 おじいちゃんの厳かな声に、背筋に冷たいものがピリリと走った。


「ま、まさか八尺様のこと?」

「ああ、そうだ。月見屋さんから話を聞かせてもらったぞ」


 月見屋食堂を経営している店主の法月さんは信奉者じゃないけれど、おじいちゃんとは商店街の自治会活動で深い付き合いがある。食堂は星花女子の生徒がよく利用しているから、多分、そこで繰り広げられた噂話を法月さんが聞いておじいちゃんに伝えたのだ。


 私は両手をつき、土下座に近い格好になった。


「おじいちゃん聞いて。八尺様の件は全然違う形で周りに伝わってるの。話せば長くなるけど、聞いて」

「では聞こう」


 私は経緯を一から丁寧に説明した。おじいちゃんは眉一つ動かさなかったけど、私がひと通り話終えると、「わかった」と一言だけ。


「ちゃんとわしの目を見ながら話してくれたな。お前はウソはついとらん」

「ありがとうございます!」

「しかし今度から安易に除霊といったような胡散臭い仕事は受けてはならん。教祖様の仰った御言葉は知っておるな?」

「はいっ」



――神を棒手振(ぼてふり)の桶に入れて売り歩く真似はしてはならぬ。ましてや押し売りなどもっての他である。神にすがりたい者のみが自ずと神殿に足を運ぶようにせよ。

(出典:『三元教教祖光照様御言葉集』その16)



「お道はあくまでも人の助かりのためにある。そのことを忘れちゃいかんぞ」

「はいっ」

「うむ、では話はこれで終わりだ」


 お詰所から出ると、一気に精神的疲労がどっと押し寄せてきた。お詰所で「用事」を聞いてもらったことは何度もあるけど、事情聴取じみたことをされたのは初めてだ。


「そうだ、神様にただいまを言わなきゃ……」


 夕べの祈りをするため、私は祭壇の前まで歩み出た。そのときだった。


 トントントン、と神殿の間出入口の戸を叩く音がした。


「どうぞお入りください。空いておりますよ」


 おじいちゃんが呼びかけると、戸がガラッと開いた。


「こんにちは……」

「あっ!」


 本日二度目のびっくり。


「冴島先輩!?」

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