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明星は漆黒の宇宙に冴える  作者: 藤田大腸
第一章 天文部の八尺様
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04. 阿比野明、八尺様と語らう

「っ……」

「お目覚めですか?」

「ひぃっ!!」


 ベッドの上で寝込んでいた先輩が橘さんを目にして震え上がった。私はすかさず両者の間に割って入って、


「あ、落ち着いてください。落ち着いて。私たちは怪しいものではありません」

「こっ、ここはどこですか……」


 声は弱々しく態度はおどおどしていて、人に取り憑いて殺すという妖怪八尺様とは程遠いイメージを抱いた。


「ここは中等部菊花寮の一室です。急に倒れられたので緊急搬送となりました」

「そ、そういえば私、立ちくらみがして……すみません、ご迷惑をおかけしてすみません……」


 先輩はベッドの上でペコペコと何度も頭を下げるものだから、私も申し訳なく思いこちらこそ驚かせてすみません、と謝った。


「私は中等部三年の阿比野明です。こちらがこの部屋に住む同級生の橘桜芽さんで、こちらは高等部三年の二階堂榛那先輩です」


 橘さんと二階堂先輩は、お嬢様的な丁寧さをもって頭を下げた。


 ベッドの先輩は若干落ち着いた様子を見せて、ゆっくりと口を開いた。


「私は……冴島(さえじま)といいます。高等部二年服飾科の……」

「冴島先輩ですね。では冴島先輩、さっき天文部の部室でプラネタリウムを鑑賞されてましたよね」

「はい……一応、天文部員ですので……ほぼ幽霊部員ですけど……」


 まさかの妖怪ではなく「幽霊」部員だったというオチが待っていたとは。


 ちょっとよろしいですか、と二階堂先輩が発言を求めた。


「天文部は長期休暇中に活動して、普段は文化祭前後にしか集まらない部活と聞いています。なのに幽霊部員の身で、しかも今の時期に下校時刻を過ぎてから部室で一人きりでプラネタリウム鑑賞していたのは何か理由がおありなのですか?」

「それは……すみません、すみません……」

「あの、責めているわけではありませんよ? 私は理由が知りたいだけなので」

「……星が好きだというの、周りに知られたくありませんでしたから……」

「どうしてです?」

「それは……その……」


 私はぎょっとした。冴島先輩の目にじんわりと涙が溜まっていくのが見えたから。


「あああっ、無理しなくて結構ですよ! あの、これをどうぞっ」


 私はロビーの自販機であらかじめ買っておいた、スポーツドリンクが入った200mLペットボトルを差し出した。冴島先輩はゆっくり受け取ると、一口だけ飲んだ。


「ぐすっ、ありがとうございます……」


 悪気が無かった、というのは言わなくても伝わってくる。むしろお邪魔した私たちが悪いような気がしてきた。


 もしも冴島さんが自分が八尺様呼ばわりされていることを知ってしまったら、きっとショックを受けて寝込んでしまう。私は橘さんと二階堂先輩に、八尺様のことは黙っておくように目配せで伝えた。


 冴島先輩はスポーツドリンクを全部飲み干すと、ゆっくりとベッドから降りた。


 立ち姿はやはり大きかった。だけど体の線はかなり細いし、伏し目がちになっているせいもあって全体的に貧相な印象が拭えない。同じ大柄でも橘さんがどっしりとした極太の鉄骨とするなら、冴島先輩はさながら簡単に折れてしまいそうな針金といった感じだ。


「どうもありがとうございました……何とかお家に帰れそうです……」

「家はどちらですか? 良ければ私のお家の車でお送りしますわ」


 と、橘さんが申し出る。


「いえ、大丈夫です……私の家は歩いてすぐのところにありますから……」

「わかりました。じゃあ途中まで私と一緒に帰りましょう。私も家が近いですし」


 ここは自宅通学組の私が出しゃばる。


「では阿比野さん、お願いしますね」


 橘さんはニッコリと笑った。


「うん、後は私に任せて。あ、そうだそうだ」


 橘さんの部屋には「鹿島大明神」「香取大明神」の掛け軸が掲げられていた。武術の神様として武術家から信仰されている二柱で、橘さんも武術を嗜む身だからか、普段から手を合わせているようだ。


 私は二柱の掛け軸に向かって拝礼してから、冴島先輩を連れて菊花寮から出た。


 *


 天を見上げると、すでに漆黒の夜空になっていた。残念なことに曇り空で、星が全く見えないけれど。


「冴島先輩からお星様のことをいろいろ聞けたかもしれないのにー」


 わざとらしく口を尖らせてみた。だけど先輩は話に全く乗ってこなかった。ちょっと馴れ馴れしかったかな。反省。


 沈黙が続き重苦しい空気になっていく中、私たちは住宅街を歩く。


「阿比野さんは、神社が好きなのですか……?」


 ほんの唐突に、冴島先輩が聞いてきた。正直、相手から話しかけられるとは思っていなかったから少し驚いたけれど、顔に出さないようにした。


「神社ですか? はい、大好きです。登下校のときはいつもこの近所の野宮神社に参拝してますし」

「やはりそうですか……先ほどの部屋での拍手の仕方が、かなり手慣れている感じがしたので……」


 やっぱり、わかる人にはわかるんだなあ。


「登下校のときって、毎日ですか……?」

「はい。日課ですね」

「よっぽど、神社が好きなんですね……」

「好きなのは神社じゃなくて、神様です」


 そう言ったら、冴島先輩はちょっと面食らったような顔つきになった。たまに「神様が好き」と伝えたら、こんな反応を返されることがある。日本では宗教の話題をタブー視する雰囲気があるから、致し方ないといえば致し方ないのだけれど……。


 でも先輩はその後、うっすらと笑みを浮かべた。寂しそうに、遠くを見つめるような目で。


「好きってはっきり言えるのが、羨ましいです……」


 星が好きだというのを周りに知られたくない、という橘さんでの部屋での発言とリンクした。でもその意味するところについて、あれこれと深堀りするのは止めた。


 おじいちゃんもこう言ってたし。



『人の心は家と同じだから、土足でズカズカと踏み入るような真似はしてはならん。親しくない相手ならなおさらのことだ』



「あの、ここまでで結構です……」

「わかりました。お体に気を付けてくださいね」

「じゃあ、さようなら……」

「おやすみなさい」


 曲がり角を曲がって狭い路地に入るまで、私は冴島先輩の後ろ姿を見送った。


 スマートフォンの着信音が鳴り響く。ディスプレイにはお母さんの名前が。ついでに見た時刻は、すでに七時を回っていた。


「ヤバっ」


 通話ボタンを押すなり、『アキ! どこほっつき歩いてるんだい!』とお母さんのお怒りの声が轟いた。


「ごっ、ごめん! 今家に向かってる最中! 理由は後で話すから!」


 早く帰らないと……でも野宮神社と阿弥陀堂への参拝がまだだ。


 いや、どうせ今すぐ帰ったって怒られるのは確定なのだ。ならばきっちり参拝の日課をこなして、その上で怒られよう。これも修行のうちだ。





 こうして、八尺様事件は一応の解決を迎えた。後日、纐纈(こうけつ)さんには私から事情を説明した上で、この件については公にしないことに決めた。橘さんが破壊した窓についても、何とかごまかすという。


 それでも約束通り、私は報酬として堂島アタル君の超限定ブロマイドを手に入れることができた。今は写真立てに入れて、自室に大切に飾ってある。


 終わり良ければ全て良し、というのが私の心境だった。でも実はこれでお終いではなく、始まりに過ぎなかったことだというのは、このときの私には知る由もなかった。

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