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明星は漆黒の宇宙に冴える  作者: 藤田大腸
第四章 明星は漆黒の宇宙に冴える
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22. 明星は漆黒の宇宙に冴える

 明彦さんが実家と和解したがっている。その知らせを直ちに阿比野家に届けると、電話に出たおじいちゃんはよくやった、よくやったと涙声で褒めてくれた。


 後日、単身赴任中のお父さんも呼び寄せた上で実家に挨拶に行くと約束を取りつけて、私たちは帰り道についた。先輩のご親族とついつい話し込んでしまい気がつけばもう夕方で、出発前にえる先輩のお母さんは私の電話を借りてひたすら謝ったものの、逆にゆっくりで良いので無事に帰って来てくださいと気遣いの声をかけられていた。


 高速道路を走って県内に戻り、海谷市に差し掛かったところで午後七時を周り、太陽はすっかり水平線の彼方に落ちきっていた。


「うーん、空の宮まであとちょっとなんだけど……」

「どうしたの?」


 える先輩がお母さんに尋ねた。


「ねえ、ちょっとおトイレに寄っていい?」


 バックミラー越しに目が合ったので、私は「はい、大丈夫ですよ」と答えた。


 車は海谷サービスエリアに入っていき、小型車専用の駐車場に停まった。


「二人はおトイレはいいの?」

「はい、大丈夫です」

「私も大丈夫」

「でも車の中にずっといたらだるいでしょ。外の空気を吸ってきたら?」


 私たちはお言葉に甘えて外に出ることにした。える先輩のお母さんは一目散にトイレに向かって、私たちはとりあえずそこらを歩くことにした。

 

 海谷サービスエリアは広く、飲食店や土産物屋が入っている建物もなかなか大きい。それでもトイレが終わればすぐ出立するだろうから中には入らず、周りから裏手の方に回った。そこには展望台があり、海谷市の夜景が一望できる。これだけでもきらびやかなのに、上空には街の明かりに負けないぞと言わんばかりにいくつもの星がまたたいていた。


「うわあ! 先輩、星ですよ星!」

「今夜のお空は一段と澄んでますね」


 いい機会だから先輩に星についていろいろ聞いてみようとしたら、先輩の方から説明してくれた。


「あの赤く光っている星がアルクトゥルスです。その右側にある青白い星がスピカ。その上にある明るい星がレグルスですが、レグルスの下にも少し明るい星があるのがわかりますか?」

「はい。見えます見えます」

「あれがデネボラという星で、アルクトゥルスとスピカと合わせて春の大三角形と呼ばれています」


 小学校の理科の授業で習った内容だということを次第に思い出してきて、自らの不勉強を恥じた。


 星が好きだなんて気持ちが悪い、と自虐していた先輩だけれど、口ぶりは生き生きとしていた。


「アルクトゥルスの左側にあるのが北斗七星ですね」


 これは私でもわかる。それから……。


「確か、ひしゃくの先っぽにあたる二つの星の延長線上にあるのが北極星ですよね?」


 私は指で指し示すと、先輩は「その通りです」と答えてくれた。


「良かった。間違ってなくて」

「あっ……」


 うっすらと見える先輩の顔は、何かに驚いているようだった。だけどその原因が自分にあることに気がついた。


 無意識的に、える先輩と手を繋いでいたのだ。


「ごっ、ごめんなさい。つい……」


 離そうとしたけれど、今度は先輩の方から手をぎゅっと握り返してきた。


「いいですよ、こっ、このままで……」

「先輩……?」


 体温が上がってきて、心臓が破裂しそうになるぐらい高鳴る。だけど先輩の手からもドクンドクン、という私のじゃない鼓動がはっきりと伝わって。


「あっ、明ちゃん!」


 先輩が意を決したかのようこちらを向く。私を見据える瞳の中にも、一等星が入っていた。


「わっ、私だけのお星さまになって……くれますか?」


 先輩の声は震えていて、だけど力強くて。そして言葉の意味を知った私の心も打ち震えた。


「……はいっ!」


 私には先輩のように気の利いたセリフが浮かばなくて、そのかわり先輩の大きな体を目一杯抱きしめて返事に変えた。


 いくつもの星が、私たちを祝福するように見守っていた。


 *


 朝のお祈りを終えて、家族に行ってきますの挨拶をして家を出て。阿弥陀堂と野宮神社分社にお参り。いつもの日課を済ませて学校に向かう。


 路地の入り口のところで私の大切の人が待っていた。


「おはよう、明ちゃん」

()()()()()、おはよう!」


 最初はお互いに慣れなかったタメ口も、今では板についている。学校はすぐそこに見えているから、私たちはできるだけゆっくりと歩いて会話を楽しむようにしている。


「もうすぐ期末試験だけど、服飾科の試験はどんな感じなの?」

「服飾系科目もペーパーテストがあるよ。だけど実習がちゃんとできていなかったら、いくら点を取っても評価点は高くならないの」

「やっぱり作ってナンボの世界なんだねえ」


 正門前に差し掛かると、腕章をつけた風紀委員たちが挨拶をしていた。手を繋ぎはしなかったものの体と体をくっつけ合うような格好で歩いていたから、少し距離を取った。風紀委員の中にはかなり口うるさい先輩がいて、ちょっと体を寄せ合っていただけでもホイッスルを鳴らしてくるのだ。


「おはようございまーす」「おはようございまーす」


 風紀委員たちが挨拶してきて、私たちも挨拶を返す。難なく校門をくぐれたと思った矢先、「お待ちなさい」と声をかけられた。例の口うるさい先輩からだった。


「な、何でしょうか?」

「あなた、リボンが曲がっていましてよ」


 先輩は自らのリボンを指差して伝えてきた。てっきり距離が近いだとか警告されるものだと思っていたから安堵した。それにしてもリボンはちゃんと結んできたはずなのにいつの間に曲がっていたのだろう。もしかしてちゃんと結んだ「つもり」だったのだろうか?


「本当だ。直してあげますね」


 えるちゃんが私のリボンに手をかけて、まっすぐに整えてくれた。


「ありがとうございます、()()()()


 泣く子も黙る風紀委員の手前、私たちは先輩と後輩として振る舞った。


「はい、よろしいですわ。これからは身だしなみには気をつけてくださいまし」


 お墨付きを貰って、今度こそ正門の向こう側へと入ることができた。風紀委員の目が届かなくなったところで、えるちゃんが私の頭を撫でてきた。


「今日も一日、頑張ろうね」

「うん、えるちゃんもね」


 校舎の玄関をくぐったところでえるちゃんは高等部側の、私は中等部側の下駄箱へと別れていった。しばしのお別れだけれど、今日は部活が無い日なので帰るときも一緒になれる。六時間目が終わるのが今からもう待ち遠しくなっていた。


「おはよー」

「あ、響ちゃんおはよう」


 靴を履き替えていたところで、お友達の夜ノ森響ちゃんと出会った。


「アビーったらこの前まで一番乗りで教室に入ってたのに、恋人ができた途端にアタシに追いつかれるようになったわね。ちょっと気が緩んでない?」

「えー、そんなこと……いや、やっぱりあるかな」


 現にリボンもちゃんと結べてなかったし。


「ま、アタシも最初はそうだったけどね」

「思い出した。うっかり上履きのまま帰ろうとしてたよね」

「アビーも今日の放課後に同じ過ちをするって予言しておくわ」

「しませーん」


 響ちゃんの意地悪そうな笑顔に対してちょっと小馬鹿にしたような笑顔を作って返すと、お互いお腹の底から笑い声をあげたのだった。


 そして待ちに待った放課後。私は真っ先に玄関にダッシュしてえるちゃんを待ち構えた。しばらくしたら高等部2年6組のクラスメートの先輩たちと一緒に談笑しながらやってきた。最近はクラスメートと話をする機会が増えたらしい。良いことだ。


「ほら、カノジョが待ってるぞー」


 スタパレで会ったことがあるカガミさんが冷やかすと、えるちゃんははにかんだ。だけどいきなり声をあげて笑いだしたものだから、私は「どうしたんですか?」と聞いた。


「明ちゃんったら、上履きのままじゃない!」

「あっ」


 やってしまった……。


 みんなに一斉に笑われて、私もただ笑うしかなかった。


 神様、まだまだ修行が足りませんね。



 完

以上で第七弾作品は完結となります。最後までおつきあい頂きありがとうございました。

明たちは今後、私や他の作者様の作品で出会うことがあるかもしれませんがよろしくお願いします。

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