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明星は漆黒の宇宙に冴える  作者: 藤田大腸
第四章 明星は漆黒の宇宙に冴える
21/22

21. 阿比野明と冴島える、会いに行く

 明彦さんに会いに行けたのは体育祭が終わった翌週の日曜日のことで、すでに六月に入っていた。

 

 私はえる先輩のお母さんが運転する車に乗り、東京方面を目指した。もちろんえる先輩も一緒だ。AMラジオから流れるトーク番組を聞きながら、先輩のお母さんの話に耳を傾ける。


「他の宗教だったら勧誘に来たり勝手にチラシを入れたりするけど、三元教(みつもときょう)はそんな話を一切聞かないよねえ」

「強引に布教しても神様は喜ばない、という教えですから」

「へー、変わってるわねえ」


 新宗教が勧誘とチラシで結び付けられてしまうのは事実、他所の宗教団体がよくやっている手段だから仕方ない面がある。その一方で、伝統仏教や神道でそんな布教の仕方をやっているなんて話は聞かない。三元教はそれに倣っているに過ぎないのだ。


 える先輩が言うには、お母さんは明彦さんが家出した宗教家の息子だと知った途端に警戒心を抱き、私のことも娘を宗教に引きずり込もうとしているのではないかと警戒していたらしい。それを先輩は違う、と懇懇と説いてくれてようやく納得してもらったという。先輩に足を向けて寝られない。


 明彦さんは、阿比野家からは一人だけ出すようにと注文をつけていた。相手側の親族もまずは明彦さんが一対一で話せと、言っているらしい。阿比野家からは家族会議の結果、私が行くことになった。向こうもあまり私のことはほとんど記憶にないだろうから、かえって話しやすいんじゃないかという理由だ。


 家族からは自分の思っていることを話すように、と言われている。期待と不安が五分五分の中で、車は高速道路を使って二時間少しかけて走り、東京都の西の端にある地方の集落に着いた。先輩の言ってた通り、そこは私の抱く東京のイメージとかけ離れた田畑が広がる田舎だった。


 車は先輩の祖母が所有している畑の近くに停められた。いとこ夫婦の家は、祖母の家から少し離れたところにあるという。私は大きく深呼吸すると、


「明彦さんは優しい人ですから、リラックスしていきましょう」


 と、える先輩が声をかけてくれた。春の大祭で理知さんとお会いしたときも、同じことを言われた気がする。緊張感はあのときと同じかそれ以上だ。


 やがて平屋の、見た目だけは恐らく築五十年は経過していそうな古めかしい民家に着いた。元々は空き家だったものの、明彦さんが結婚直前に買い取って自分の手でリフォームしたという。先輩のお母さんはチャイムを鳴らさず、鍵がかかっていない玄関の引き戸を開けて「おはようございまーす!」と声をかけた。


 すると、あっさりと出てきた。明彦さんが。だけど相手は特に驚く様子も見せず淡々としていた。


「あ、どうも。おはようございます」

「明彦さん、あなたの実の妹を連れてきたよ」


 私はもう一度大きく深呼吸して、挨拶した。


「明です。お久しぶりですね」


 実質的には「はじめまして」なのだろうけれど。


 明彦さんは白い歯を見せた。


「明、大きくなったなあ。俺の中ではまだちっちゃい子どものままだったけど」


 私のことを覚えてくれているようで、嬉しかった。


「えるちゃんも一緒に来てくれたのか。まあみんな、とりあえず上がって」


 明彦さんが手招きした。私たちは家に上がると、和室の居間に通された。そこにはえる先輩のいとこさんがいて、血縁上は私の姪にあたる(ひかる)ちゃんを抱っこしていた。


「あ、こんにちは」

「はじめまして、明彦さんの妹の明です」

「はじめまして、妻のイオリです。この子は娘の光です。ほら、光ちゃんも挨拶しようね~」


 イオリさんが光ちゃんをこちらに向けると、すんごく可愛い笑顔を見せてくれた。生で見ると可愛さが全然違う。緊張感もどこへやら飛んでいってしまった。


 外観こそ古かったが居間はリフォームのおかげで新築のようになっていて、それでも昔ながらの造りを保っていた。相当腕が良くないとこんなリフォームはできない、と素人目にもわかる。


「貰い物で申し訳ないが、食べなよ」


 明彦さんが冷たいお茶と一緒におせんべいを持ってきてくれた。隣人が都心まで遊びに行った際に買ってきた手土産だと言う。


「どうだ、明日香は元気してるか?」


 お兄ちゃんの名前を出してきた。私より長い時間を一緒に過ごしてきた弟だから、やはり気になるようだ。


「はい、元気にしています」

「おいおい、俺たちきょうだいだから畏まらなくていいんだぞ」


 実家と絶縁していても、私を妹だと認識してくれているのはありがたかった。だけど私の方は記憶が全くと言って良いほど残っていないからか、どうしても他人行儀になってしまい申し訳ない気持ちに駆られた。


「明日香お兄ちゃんは教師になって家の教会に仕えてます」

「そうか。えーと、それじゃあ大学出て教学館に行って、教師免状貰って一年目ってとこか」


 明彦さんは指を折って数えた。三元教の教師になるには、教団本部近くにある教学館というところで一年間修行しなければならない決まりになっている。


「いえ。高校を出てすぐ教学館に行ったので教師生活五年目です」

「あいつ、大学に行かなかったのか!?」


 明彦さんは目を剥いた。


「マジかー……知ってるか? あいつは天下のミカガクの中等部でずっと首席だったんだぞ。高等部でもバリバリやってたならどこの大学にでも行けただろうに……もったいねえ」


 ミカガクとは御神本(みかもと)学園の愛称を指す。県内で一番偏差値が高い私立の男子校で、明日香お兄ちゃんはそこに通っていた。もっとも超がつく進学校だと知ったのは、お兄ちゃんが高等部を卒業した後だったけど。


「まっ、その原因を作ったのは俺だろうがな。俺が代わりに教師になって跡継ぎになってりゃ、あいつは好きなことやれただろうし」

「明彦さんのせいじゃないです。もともとは大学行くつもりだったけど、ちょっと思うところがあったらしくて」


 その詳しい理由はいまだに明らかにしてくれていない。遅かれ早かれどうせ教会を継ぐなら早めに動いた方が良いと思った、とは言ってくれたけど。


「さてと、ちょっとみんな悪いが明以外は席を外してくれないか」


 来た。私は姿勢を正す。える先輩が心配そうに見てきたけど、大丈夫ですよとアイコンタクトを送った。


 *


「手ぶらで来ちゃったのに申し訳ないわね」

「気にしなくて良いよ。家にたくさんあるから」


 伊織ちゃんは朝早くからお持ち帰り用にと畑から野菜を採ってきていて、納屋の側でお母さんと一緒に新聞紙でくるんでダンボールに詰めていた。その傍らで私は光ちゃんの面倒を見ていた。


「だぁだぁ」


 私の腕の中でニコニコと笑うさまは玉のような、という比喩がぴったりだ。


「えるちゃんも赤ちゃんだった頃はこれぐらい可愛かったんだよ。光より一回り大きかったけど」

「大きいは余計だよ」

「そういやえるちゃん、前会ったときに比べてちょいとばかし肌がツヤツヤしてるよね?」

「そう?」

「うん。全然違うよ」


 そうだろうか。特にケアはしてないのに。


「もしかして、好きな人ができた?」

「えっ、いやっ」

「ははーん。その反応、当たりだなあ?」


 伊織ちゃんと一緒に、光ちゃんまでからかうようにキャハハハと笑い声をあげた。


「女子校で出会いがあるわけないでしょ」


 お母さんが白菜を梱包しながら言う。


「他所で男を作ってるかもしれないじゃん」

「えるに限ってそんな浮ついた話はありません」


 二人は、星花女子では出会いがしょっちゅうあることを知らない。もっとも相手は同性だけど。


「伊織ちゃんこそ、明彦さんとどうやって知り合ったの?」


 今まで馴れ初め話は聞こうとも思わなかったのに、ふと聞いてみたい気になった。


「お祭りで。集落に溶け込むためにって積極的に準備に参加してくれてね、その場で知り合って一気におつきあいまで発展していったの」


 それから、伊織ちゃんは明彦さんの経歴を語ってくれた。最初は養護施設育ちと言っていたけれど、明ちゃんのお兄さんだとわかった後は正直に全部打ち明けてくれた。明彦さんが家を捨てた理由までも。


 明彦さんが中学生だった頃、好きだった人がいた。その人に告白したところ家が宗教やってて気持ち悪い、と罵られ、しかも告白したことを言い触らしたものだからみんなに嗤われ、恥をかかされたという。そして宗教家の息子に産まれたことを恨んで、家族と喧嘩するようになった。そのうち学校に行かなくなって、時には良からぬ人らとつるむこともあったらしい。ついには中学卒業後に家を飛び出してしまい、あてもなくさまよったという。


 明ちゃんのご家族から聞いていた話よりも一層ひどくて、私の胸にトゲが何本もグサグサと突き刺さるような感じがした。お母さんも一旦手を休めて、伊織ちゃんの話に聞き入った。


「だけど東日本大震災があったでしょ。被災者が苦しんでいる様子を見て、ふと『俺はいったい何やってんだ』って思ったんだって。それで被災地の東北に飛んで復興のために働くことにして、それで大工になったの」


 家を捨てたとはいえ、宗教心までは捨てきれなかったのかもしれない。伊織ちゃんは話を続ける。


「東北で修行して腕を磨きつつ復興作業に携わった後、復興の手伝いに行ってたうちの近所の工務店の社長さんに引き抜かれてこっちに来たの。それが二年前の話。なかなかハードな過去でしょ?」


 大元をたどれば失恋が原因というのが驚きで、恐ろしくもある。一歩間違えれば破滅的な人生へと転落してもおかしくなかったのに、こうして仕事と新しい家族と家を持つことができたのは、やっぱり三元教の神様が見捨てず護ってくれたのかもしれない。


「だけど偶然にしちゃできすぎてるよねえ。いとこの友達が旦那の生き別れた妹だったなんて。私は運命の出会いってのを信じてなくて、自分の意思で旦那を選んだって思ってるけど、今じゃ何か目に見えないものが結んでくれたんじゃないかって」


 光ちゃんがえへへへー、と笑う。その通りだよね、と言っているように聞こえた。


「えるちゃんもこの子を見せびらかす相手がいなかったら、旦那の本当の過去は一生わからず終いだったよね。そういう意味ではえるちゃんも友達と運命の出会いを果たしたんだと思うよ」


 一層大きな声で笑う光ちゃん。私の代わりに答えてくれているかのように。


 そう、明ちゃんはまさしく運命の人だ。今は()()友達だけど。


 一時間ほど経っただろうか。明彦さんが勝手口のドアを開けて姿を見せた。


「終わったぞー」

「どうだった?」


 明彦さんはにっこり笑った。笑い方は明ちゃんそっくりだった。


「今度、挨拶に行こうか。俺の実家に」


 胸に温かいものが満ちていく。お母さんや伊織ちゃんも仲直りできそうだねと喜んで、光ちゃんも祝うように甲高い声をあげた。


 遅れて明ちゃんが出てきた。鼻の頭が赤くて、目が充血している。それでも笑顔はいつも通り明星のようで、それを見た私までも感情が少しずつ昂ぶってきた。


「良かったね、明ちゃん」


 私は明ちゃんの体を抱きしめていた。すると明ちゃんは何も言わず抱きしめ返してきた。私の頬で感じ取った明ちゃんの頬の感触は柔らかく、そして熱かった。


 大きく、早くリズムを刻む私の心臓の音はきっと、明ちゃんにも聞かれているかもしれなかった。


義母(かあ)さんたちを呼んでくる。今から親族会議だ」


 すぐに明彦さんはおばあちゃんを初めとした親戚一同を集めてきた。親族会議というのは名ばかりで、実際は雪解けを祝うための昼食会が催された。明ちゃんは新たな親戚ということでみんなに歓迎されて、明彦さんともようやくきょうだいどうしの振る舞いができたのだった。


 この日は明ちゃんにとって、そして私にとって転換期となる一日となった。

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